感覚麻痺はどこから始まるのだろうか(前編・特養編)より続く)
その老健は、僕が勤めていた特養の30年前の状態がそのまま残っているかのようで、入浴は一人につき週2回させておれば良いという意識でサービスが提供されていた。

そしてそのことに疑問を持つ職員は誰一人としておらず、一人の利用者が週2回入浴しておれば、良い暮らしを送っているかのような錯覚を起こしている職員がほとんどであった。

リハビリ施設である老健で、午前中に入浴させられた人が、午後からリハビリに汗を流しても、次に風呂に入れるのはその3日後であることに異議を唱える職員は存在していなかった。

こうした意識は、他の様々な場面にも影響が出て当然で、言葉遣いに気をつけようという掛け声や張り紙があるのだが、それは単なる見せかけで、利用者の対しての「ため口」は当たり前で、その中には利用者に対する罵声も含まれるという状態であった。その状態がどんな状態を生じさせるかというと、利用者でトイレ介助が必要な人に対して、「排泄の手伝いをお願いしたら、高いよ、といわれた。」という苦情につながった。

金銭を要求されてショックを受ける利用者からの苦情という、とんでもないことが起こるわけである。当事者となった介護職員は、「冗談」のつもりで発言したのかもしれないが、そのことがジョークにはならないということさえわかっていない職員がいるという意味だ。こんなふうに感覚がマヒしているのだからどうにも救いようがない。長年そうした感覚で介護を行っているのだから、正論が耳に入り込む隙間もなくなっている。

これを何とか変えようとしても、現場では看護師長の考え方が絶対で、その価値観から外れる考えはことごとく排除され、それに次ぐ、異常に権限の大きな介護主任が「介護負担の多い利用者は受けられない」という、およそ介護施設とは言えない論理がまかり通っていた。

そうであるがゆえに、食事も栄養摂取の域を出ない、愉しみとは程遠い状態が、そこかしこに見られた。例えば夕食時間であるが、その老健は、いまだに午後5時からという一般家庭では考えられないような早い時間に夕食介助がスタートするのであるが、その早い時間よりさらに早く、食事介助の手間のかかる人に対して、「早出し」が行われていた。つまり午後4時台に夕食介助を行うという意味だ。

しかしこれは職業倫理上の問題にとどまらず、法令違反でもある。なぜなら老健の運営規定を定めた、「老企第44号 介護老人保健施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準について」の17食事の提供(基準省令第19条)(3)適時の食事の提供について

食事時間は適切なものとし、夕食時間は午後6時以降とすることが望ましいが、早くても午後5時以降とすること。

↑このように定められており、明らかにその老健の早出しは、運営基準違反である。しかしそうした法令を理解し、コンプライアンスの視点をもってサービス提供のあり方をチェックする担当者は皆無であった。そもそも法令をきちんと読んで、それに沿った運営を行おうと考える管理職もいない状態で、長年運営を続けているのだから困ったものである。

遠足という行事が存在し、それがとても良いケアだと思い込んでいる職員が多かったのも、こうした環境でサービスの質とは何ぞや、という意識や議論が存在していなかったからだろうと思う。(参照:遠足のある高齢者介護施設の違和感

看護支援や介護サービスの方法は、看護師と介護主任の感覚と価値観で、すべての「流れ」が決まってしまうので、僕のような新参者が、いくら経験と知識があっても、その流れを止めることは難しかった。勿論、それは僕の力不足といわれても仕方のない問題でもあり、その批判は甘んじて受けようと思う。

どちらにしても、そのまま僕がそこに居続けても、権限を与えてもらわない限り変えられるものはないと考えたし、そこでは僕自身の感覚自体も麻痺してしまうので、働き続ける意味を失った。しかしそのこともポジティブに捉え、その経験を反面教師として今後に生かし、介護施設の実態も、良質のサービスと、そうではなく収容施設と見紛うような介護施設も存在している事実を理解し、良いサービスを選ぶため、良いサービスを創るために何が必要かを、訴え続けていきたいと思う。

週2回の入浴支援は人の暮らしとして考えるとあまりにも少なすぎると考える人と、それで十分だと考える人では、提供するサービスの質も自ずと違ってくるだろう。このブログの読者は、どちらの考え方をする人が創るサービスを選ぶのだろうか。

どちらにしても、人の暮らしの質を考えない人が数多くはびこる介護の場では、感覚麻痺が生じやすく、介護施設の常識は世間の非常識という状態を生み出すことになるだろう。そこはもう介護施設ではなく、入所する方々にとっては、悔悟施設でしかないと言えよう。

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