高齢者の場合、最も安楽な死に方は老衰だと言われる。枯れ行くように自然に息を止めることを自然死というなら、老衰こそが自然死であると言えよう。

老衰という文字は、老い衰えると書くために、その字面から悲惨な死に方を想像してしまう人がいるかもしれないが、決してそのようなことはない。

加齢に伴い内臓や血管などの各器官の機能が徐々に衰えていく過程で、人は少しずつ衰弱していく。そして生命の終わりに近づくにあたって、体は食物も水分も必要としなくなる。そのため死の間際の何日間は、食事も水分摂取もできなくなるが、それは決して餓死ではない。

この時期には、脳内からエンドルフィンという麻薬物質が多量に出て、お腹もすかず、のども乾かない。

それが証拠に、死の間際まで意識がある方もいるが、その方が数日食物も水分も摂取していない状態が続いても、お腹が空いたとかのどが渇いたと訴えることはない。この時期はすでに体が死の準備をしていて、ものを食べなくとも水分を摂取しなくとも体から体液が出てくる。入れていない水分が自然と排出されるのである。体が死の準備をしているとしか思えない。

その時期、死に向かってベッドに横たわる人の表情は穏やかである。苦しみもがく姿はそこには存在しない。

しかしこの時期に、食事も水分も取っていないからと、強制的に点滴で栄養剤を送り込むと何が起きるのか・・・。穏やかな表情で死の準備をしていた人が、点滴の針が刺されることに表情をゆがめ、人によってはその針を抜き取ろうとして手を縛られたりする。しかも強制的に水分を送り込まれた体は、そんなものを入れないでくれというように、手足がパンパンに腫れてくる。そこまでして苦しめてまで、数日間、生命を維持する期間を引き延ばすことに意味があるのだろうか。

経管栄養ならもっと悲惨な状態が生ずる。せっかく自然に逝ける人に、本人の意志とは関係なく胃婁を作って、強制的に栄養を送り込むことで、生命は月単位ではなく、年単位で引き延ばすことは可能だ。場合によっては胃婁を増設しなければ亡くなっていたであろう人の死を、10年引き延ばすことも可能である。

しかし本人の意思に関係なく増設された胃婁からの栄養注入によって、10年生き続ける人の暮らしとは、終日ベッドの上で横たわり、息をするだけの存在として生き続けている。それだけならまだしも、中には痰がつまらないように気管切開されチューブが入っている人がいる。そのような人は、数時間おきに気管チューブから痰の吸引を行う必要があるが、そのたびに苦しみもがく姿がそこには見られる。まるで苦しみもがくために延命されているとしか思えない。

僕達が実践する看取り介護とは、安楽な自然死を阻害しないことから始まり、最期の瞬間まで対象者の人格が尊重され、できる限り安楽な暮らしを送る先に、最期の瞬間を迎えることを支援するものだ。それは、できることをするが、同時にしてはならないことをしないという考えによって成り立っている。

勿論、自然死を阻害しないという判断は、本人の意志と切り離して考えることはできないが、その意思を確認する努力をせずして、医療者や看護者の思い込みのみで、自然死を阻害する行為は行われていないのかを今一度考えるべきである。食べることができなくなった人の終末期に、経管栄養や点滴がどれほど求められるのかを、過去の価値観を拭い去ったうえで、改めて自身の良心に問い直すべきである。

老衰で枯れるように死に向かいつつある人に何が求められているのかを、個人の単位で徹底的に考える。それがなければアセスメントは、単なる形骸化したマニュアルにしか過ぎなくなる。そんな不確かなものに頼るのは、誰かの最終ステージに寄り添う身としては許されないことだと思う。

介護を職業としている身の者が、家族以外の誰かの人生の終わりに寄り添うことは、最も厳粛な場面であると自戒して、介護のプロとしての矜持を持ちながら関わる必要があるはずだ。

その基盤が、もっともエビデンスになりにくい人間愛であるのは皮肉だが、それなしに僕たちは何をよりどころにするというのだろう。ぬくもりのないエビデンスなど、対人援助という場面で求められるものではないと思っている。

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