介護福祉士養成校の臨時講師を務めるようになって、かれこれ10年以上の月日が経っている。
僕が現在受け持っている授業は、社会福祉主事の資格取得のための講義と演習である。演習の場合は、小グループで生徒同士が討議する時間があるが、その際にはどんな話し合いが行われているかを確認するために各グループを廻って歩くことが多い。
しかし自由な議論を促すためには、あまり近づき過ぎずに見守るということも必要になり、遠くから全体を見渡すという時間もある。
数年前のそんな時に、教室の片隅に置かれた本が目に留まって、それを手にして開いたところ、印象的な和歌が目についた。
その本は、「NHK介護百人一首」という句集で、あとから調べたところ、NHKが介護に関わる方々から広く短歌を募集し、その中から100首を選んで句集として発刊しているということが分かった。
僕は当時、本業として特養の総合施設長を務めていたが、僕が偶然本を手にして最初に開いたページに載せられていた和歌は、特養に入所した夫の様子を、80歳代の妻が詠んだ和歌だった。(和歌の解説文にそのことが書いてあったと記憶している。)その句は次のような句であったと記憶している。
「やわらかな 日差しあふれる特養に 私を忘れた あなたが笑う」
この句を詠んだ妻の気持ちを想像すると、次のようなことではないのだろうか。
『決して望んだわけではないが、やむにやまれぬ事情で特養に入所せざるを得なくなった夫のことを心配していた妻ではあるが、入所後の夫の様子を見ると、妻である自分の顔も忘れてしまっている夫ではあるにもかかわらず、入所した施設の職員が親身になってお世話をうけており、夫はそんな特養の暮らしの中で、常に笑顔で暮らしている姿を見て安心した。』
僕にはこんな情景が浮かんだ。「やわらかな日差し」とは、単なる天候のことを詠んだわけではなく、その場の温かい柔らかな雰囲気を詠んだ文章ではないのだろかとも思った。
どちらにしても、特養という新たな居所で、笑顔で暮らしている夫の姿を見て安心している妻の気持ちが伝わってくる和歌である。妻のほっとした様子が創造され、ほのぼのとした気持ちにさせられた。とても素敵な和歌だと思った。
同時に、この和歌に詠まれた夫が暮らしている特養の、温かい介護も目に見えるように感じられて、とても素晴らしい特養なのだと思った。
よく言われることであるが、特養に自ら希望して入所する人はいないといわれる。そうであったとしても、我々介護関係者は、そのことを否定するのではなく、家庭・自宅が一番だと考える気持ちをもっともだと受容し、そうであるがゆえに、自宅より良い特養をアピールするのではなく、入所したくなかった施設であるとしても、いったん入所したら、退所したくなくなるような施設サービスを創りあげればよいと思う。
家族や自宅に勝つ特養である必要はない。家族や自宅が一番であったとしても、第二の居所として満足いただける暮らしをつくればよい。
家族にしても決して身内を特養に入所させるのを望まないかもしれない。その気持ちをも受容して、心配だろうけれども、私たち特養関係者も、利用者やご家族や、周囲の人々の気持ちを察しながら、皆さんが安心できる場所になるように努力しますよという結果を、利用者の笑顔という形で示すことができるようにすればよい。
そういう意味では、利用者の表情とか満足感が、特養のアウトカムなのであって、それは決して要介護度の改善という数値で示されるようなものではない。
しかし9日に政府が閣議決定した「骨太の方針」では、このようなアウトカム評価はまったく無視されている。「経済財政運営と改革の基本方針2017」として示されている介護関連の要旨では、「自立支援に向けた介護サービス事業者に対するインセンティブ付与のためのアウトカムなどに応じた介護報酬のメリハリ付け」という言葉で、加算=報酬金として、介護サービスの質を数値で評価しようとする方向性が改めて示された。
数値化できない利用者や家族の満足感より、政府の決めた方向性=介護費用の削減に向かう方向性を評価しようというわけである。
自立支援という名の業者の尻たたきは、利用者の尻を叩く方向から、利用者の頭を打ち付けて、その表情から笑顔を消し去る方向へと舵を切っていくかのようである。


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