僕は30年以上、特養で仕事をしていたので、同じ介護施設である老人保健施設がどのように運営されているのかを知る機会はなかった。

僕が以前勤めていた社会福祉法人の母体であった医療法人も、老健施設は経営していたし、そこは自分の庭のように何かあるたびに足を運んでいたが、老健の実務が理解できるほど深く関っていたわけではないので、内側のことはわからないことが多かった。

勿論、制度の中の老健の位置づけは十分理解していたし、特養と老健の違いや共通点などは、わかっていたつもりであるが、所詮それは老健を外側からした見たことがない立場での理解であり、老健の実務に就いてはじめて理解できることも多かった。

老健には老健の性格というものがあるということを、昨年の4月から徐々に理解しつつあるというのが僕の現状である。

例えば老健の在宅復帰機能と中間施設という性質について、外から感じるものと内側から感じるものは、若干の違いがあることを実感している。

それは僕だけの感覚かも知れないが、特養で働いていた際には、あまり感じなかった感覚がそこには存在している。そしてそのことによって、利用者の方々へのソーシャルワーカーとしての関わりの際に、特養とは別の「配慮」が必要だと痛感しているのが、現在の僕の心境である。

特養の場合は終生施設としての性格が全面で出されており、入所した方々が最期の瞬間まで安心して過ごすための関係性を築いて、それに向けて様々な暮らしの支援方法を考えればよかったが、老健が仮にターミナルケアを提供できる機能を持っていたとしても、それはあくまで状況に合わせた結果でしかなく、ターミナルケアで完結することを目的とした施設ではない。

老健は、あくまで在宅復帰が最大の目的であり、自宅に復帰しない場合でも、利用者が新たな居所へ移行することを前提にしている施設である。

よって老健利用者は、老健を生涯の居所とすることにはならず、老健で一定期間のリハビリを受けた後に、自宅もしくは特養やサ高住、グループホーム等の居所となる場所に移り住むことになっている。つまり在宅復帰機能を中核機能として持っている老健の中間施設としての役割は、自宅と医療機関の中間という概念から、新たなる居所と医療機関の中間施設へと変わりつつあり、それは地域包括ケアシステムが、心身の状況に応じた、「早めの住み替え」を前提としていることと、決して矛盾する概念ではなく、むしろ中間施設の概念は、地域包括ケアシステムの中では、さらに広くしてよい概念といえる。

しかしここで問題となるのは、すべての老健利用者の方々が、老健が終生施設ではなく、中間施設であると認識しているわけではないうことである。

在宅復帰老健の場合、最初から滞在期間を示して、それ以上の期間はいられないことを前提に入所を受け付けている場合もあるが、そうではない一般型老健だと、入所時点で中間施設であることの意味について説明を受けていたとしても、利用者の方が老健の中で暮らしを営むにしたがって、そこでずっと暮らせるものだと思い込んでしまう場合がある。環境に慣れ、職員との関係性が深まることで、別な場所に移動したくはないと思う人が多数おられる。それも人情であり、ある意味当然の感情であると思う。

いずれ退所する必要があると認識していたとしても、いざ他の居所に変わろうとする際に、そのことに否定的な感情を抱いたまま、老健を退所せざるを得ない人も居るということである。

そういう中で、ソーシャルワーカーは退所支援として、次の居所探しのお手伝いをするわけであるが、この際に、利用者の思いに鈍感となって、老健は一定期間の滞在の後に退所するのが当たり前であるという態度で利用者に接することで、心が傷つく人がいる。哀しむ人が居る。そのことに配慮しない退所支援はありえないし、話の持っていき方にも細心の注意が必要になるのである。

それは医療機関の入退所支援でも言えることであるが、法律やルールに基づいた退院であっても、そのことを機械的にこなすなら、この業務は何もソーシャルワーカーではなく、対人援助の専門知識を持たない事務担当職であっても良いわけである。

その業務が、対人援助の専門家に担わせているという意味は、人はルールの中で動く必要があっても、その際に一定の配慮をしないと、本当の意味での支援にはつながらないという意味である。

心を残して別れなければならない人への精神的支援はもちろんだが、同時に老健施設の中には、いずれここで暮らせなくなるという不安を持つ人がいて当たり前であるという視点から、そういう不安を持つ人に、どういう配慮が求められるのかということを常に考えていく必要があるのだろうと思う。

家族のもとに帰る可能性がなくなった人が、家族が特養入所申請をしたことで精神的に落ち込むことは、当然予測されなければならず、そうした時に、どんなふうに事実を伝えるのかということにマニュアルは存在しない。

ソーシャルワーカーの伝える力は、国語力が基盤になるが、そこに心というエッセンスが加わらないと、誰かの哀しみを見逃してしまう結果となる。

だからソーシャルワーカーの言葉には、魂を込めなければならないのである。

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