僕は長年、特別養護老人ホームで看取り介護にかかわってきたが、そこではグリーフケアが必要となるケースはほとんどなかった。

「大往生」という言葉があるように、長命の末の死は、周囲の人々もその事実を受け入れやすいいし、そうした中での自然死であれば、一時的な哀しみの気持ちを持ったとしても、その死が安らかであることで、看取る人々の心の安寧(あんねい)につながることによって、その死によって悲嘆感にくれ、グリーフケアが必要になることはほとんどなかったのであろう。

しかし例外がないわけではない。

過去にグリーフケアが必要になったケースでは、認知症で意思確認できない利用者が、食事の経口摂取ができなくなった際に、娘が経管栄養を行わないと判断したケースがある。

その方の最期は安らかであったし、娘さんも枕辺で手を握りながら看取ることができ、死の瞬間は涙を流しながらも、取り乱すことはなく、グリーフケアが必要な状態とは思えなかった。

しかし四十九日を迎えたころから、娘さんの精神状態が不安定となり、親を失った悲嘆にくれるような状態が出始めて、グリーフケアが必要とされ、我々が関わりを持つ必要が生じた。後々明らかになったことであるが、四十九日が迫るにつれて、娘さんの気持ちの中で、「自分があの時に経管栄養をしないと決めなければ、母親はまだ生きていたのではないか。結果的に自分が親の死を早めてしまったのではないか」と考えるようになったことが、悲嘆感を持つにいたる原因だった。

この時点で彼女の親は、僕の施設を死亡退所していたわけで、僕が彼女の支援に関わる状態ではなかった。しかし彼女が通院していた医療機関が、僕の施設と関連深い医療機関で、当該医療機関の担当MSWとも親しい間柄であったため、グリーフケアが必要になった経緯から、亡くなられた母親の担当をしていた僕も支援チームの一員として参加したという経緯がある。

このとき僕自身もたくさんの学びをいただいた。多職種協働のチームの中に、精神科のソーシャルワーカーと、介護施設のソーシャルワーカーと、2人の同職種が参加しても、それぞれ専門性の違う場所からの気づきがあり、それぞれがそこに参加していることに意味があることも知った。

母親の死の悲嘆感に陥っている人に、いくらその死の瞬間が安らかであり、娘の決断が死を早めるものではなく、自然死につながる安らかな最期の時間を過ごせることにつながる決断だったかということを説明したとしても、それは単なる説得に過ぎず、そんなことで娘さんの心の傷が癒せることはないことを知った。

終末期に母親がどう過ごしたかのみならず、さかのぼって母親と娘の間にどんなエピソードがあり、そこにどのような愛情の物語があったのかを傾聴しながら、娘さんの悲しみを理解しようとする先に、解決の糸口が見つかっていった。

それは僕たち支援チームが解決したのではなく、母親の愛を思い出しながら、娘さんが自分で解決していったといえよう。その詳しい経緯については、別に書く機会があるだろうが、ここでは本題と外れるので触れない。

どちらにしても、命や死に関わる判断は、人によっては心の傷になりかねないものである。その判断自体が心の重荷となって、精神を押しつぶす場合があるのだ。そうならないための唯一の方法は、あらかじめ親から子に、自分がどのような状態で終末期を過ごしたいのかという希望を伝えておくことだ。親の代わりに重い判断をするのではなく、親の意向に沿った意思表示ができるとすれば、子の心の負担は、ずいぶん軽いものとなるだろう。

今健康で死とは程遠い場所に居ると思える人であっても、いつまでも健康で暮らし続けることはできないのだから、自分の死に場所や死に方について、一度真剣に考えた上で、そのときに何をどうしてほしいのかを、身の回りの親しい人に告げておくべきである。死を間近にした人は、自分の力でできなくなることの方が多い。そのときには他人に何かを委ねなければならないが、何をしてほしいかという重い判断さえも第3者に委ねてはならないのである。

自分の子や親だからという関係に甘えて、愛する人の死に方まで決めなければならないという重たい判断を任せてはならない。それは愛する肉親に対しても、あまりに酷な十字架を背負わせることになりかねないからだ。自分の死、肉親の死を語ることは、決して縁起の悪いことではなく、タブー視するようなことでもない。死について語り合うことは、愛を語ることに他ならないからである。

1月に日総研出版社から創刊される、「エンド・オブ・ライフケア」で、連載させていただく予定になっているが、そんな思いを様々な角度から伝えていこうと思う。

ぜひご期待いただきたい。
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