人の暮らしとは、もっとも個別性のある領域だ。その部分は、他人からしてみれば最も非専門的な領域であって、個人の暮らしの専門家が存在するとすれば、暮らしを営む本人しかない。

僕たちソーシャルワーカーは、その最も個別的で、非専門的な領域に踏み込んで、誰かを支える仕事を行うという難しい立場に置かれている。そうであるがゆえに、常に謙虚でなければならない。

答えは僕たちの側に存在するのではなく、援助する人の側に存在するものであって、僕たちが道を示すのではなく、目の前の誰かが道を見つけ出すために、僕らができ得るお手伝いをするという考え方が必要だ。

真摯に、謙虚に、かつ熱い思いを持って歩きつづけること。それが僕の唯一のモットーだ。そしてその戒めを忘れたときが、身を引くときだろうと思っている。

そこにはあらかじめ存在する正解はない。正解を導き出すために、様々な過程を踏んで、ともに歩んでいかねば行き着かない場所に答えは存在する。だがその答えがすべて人を幸せにする答えとは限らない。答えが誰かの心を傷つけることだってある。そのときに、傷ついた人に何ができるかが、僕たちに問われていることだ。

僕の著作シリーズ第1弾の「人を語らずして介護を語るな。 masaの介護福祉情報裏板」の、第5章 今生きている現実と社会という章の、「お金で人生は買えないというが――消えた年金問題の傷痕」で取り上げた方は、酒とばくちに身を取り崩して家族を捨てた過去を持っていた。

幼い子と妻を捨てた過去を持つその人は、身体が不自由になって特養に入所してきたとき、身寄りもなく、親しい知人さえ存在しなかった。

その人の支援を担当したとき、僕はこの人を天涯孤独の状態のまま送ってよいのかと迷った。

その人が医療機関に入院していたとき、行政の戸籍調査によって、その人の子にあたる人の存在が分かっていて、すでに人の母になっているその人の連絡先も分かっていた。

しかし僕の前に、本ケースに関わっていた医療機関のソーシャルワーカーが連絡をした際に、戸籍上はともかく、すでに人としての縁が切れた人で、自分とは何の関係もないので、今後一切の連絡をしないでほしいと強く拒否されたという引継ぎを受けていた。

その人に何もアプローチせずにいてよいのだろうかと思った。

高齢となり、身体の自由が利かなくなった利用者の方にとって、過去にひどい仕打ちをしたとはいえ、実の子供に会いたいという気持ちはあるのだろうと想像した。しかし同時に思うことは、幼い頃に十分な世話もしてもらえず、母親とともに捨てられて貧困のどん底のような生活を強いられた娘にとって、実の親とはいえ、情はわかないだろうし、その存在さえ疎ましく思っている状況は、容易に想像がついた。憎しみの感情しかないのかもしれないとも思った。

そういう人に、戸籍上の親子であるという理由だけで、何らかのアプローチをしては、娘さんんいとっては、心が傷つく以外の何ものでもないのかもしれないとも思った。

しかし・・・迷ったとき、僕はより愛情を感じる方法に舵をとることにしている。人の愛を信じることにしている。そのためまず手紙をしたため、実の親であるその人が、僕の勤めている施設に入所していることと、本人の状況と、連絡することを強いる手紙ではないことを懇々と書き連ね、ご本人は口には出さないが、本心では会いたがっているのではないかという想像も書き、できうるなら何らかの形で連絡をいただければありがたい旨を書いて送った。

その手紙には何の反応もなかった。

しかし反応がないことを、僕はよい方向に捉え、そんな手紙を送ったことをなじる連絡もないことをポジティブに考え、その後数ケ月置きに、その人の近況を伝え続けた。それから数年、手紙に対する反応がないままその利用者は、「看取り介護」の対象になった。

そのことを書き送った数日後、道外のとある街から、娘さんが施設を訪れてくれた。なくなる数日前に、意識が薄れている中で、数十年ぶりの親子の対面が実現した。わだかまりがすべて消えたわけではないだろうが、実の親がそこで命の炎を消そうとしている姿を見て、娘さんの頬には一筋の涙が流れた。

憎しみも怒りも、すべて洗い流す涙だったのかもしれない。

娘さんが帰られた翌日、その利用者は旅立たれた。そのお骨は、娘さんによって引き取られていった。

そのような結果や、その結果に結びつく一連の過程での対応が、よかったのかどうかは分からない。しかし僕は、そこに確かに愛が存在し、愛によって人が救われることを信じた。

それだけである。

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