自分とはまったく縁もゆかりもない場所の、新設された特養の職員募集に応募したとき、誰にも相談しなかった。就職試験に合格して、実家を離れることも一人で決めた。

就職した特養で、働いているうちに感じた様々な疑問の中で、利用者本位という言葉が実践されていないことに異を唱え、様々な改革を行う提言をしたとき、孤立無援の立場に立たされたこともある。
(その戦いの結果については、人を語らずして介護を語るな THE FINAL 誰かの赤い花になるためにの、第1章 道標のないたび人生――社会福祉援助者としての自分史を振り返りながら【書き下ろし】を参照していただきたい。)

地域の中で、同業者の集まり(勉強会等)で、利用者に対する言葉遣いが間違っているのではないかと、丁寧語を基本として顧客対応すべきであると主張したとき、その言葉を鼻で笑われた。そもそも入所者という言葉しかなかった当時、顧客と発言すること自体が、周囲に違和感を与えた。あれから30年近くたっても、介護サービスの場での、顧客に対するタメ口はなくなっていないが、「介護サービスの割れ窓理論」に賛同してくれる仲間は確実に増え、全国でその輪が広がり続けている。

インターネットが普及しつつあった当時、まだ老人ホームの公式サイトなどが一般的でなかったころから、施設の公式サイトを創り、そこに情報交換の掲示板を設置しようとしたとき、そんなものに金をかけても、誰も見ないだろうといわれた。その掲示板は、今毎日アクセス数が10.000件を超えており、業界屈指の情報掲示板となっている。

今僕がここにいることができるのは、支えてくれた仲間がいるからだ。一人では決して何もできなかっただろう。

でも・・・僕を支えてくれる仲間が、最初からいたわけではない。最初は一人で始めたことが多い。

たった一人で、孤独を味わいながら、そこから逃げる手段も考えながら始めたこともある。それでもしなけらばならなかったことがあるのだ。

一人になるのは怖いことだ。一人になるのはつらいことだ。でもいつか志を同じくする仲間が、手をつなげてくれることを信じて、しなければならないことがある。

介護サービスの場では、正論が暴論につぶされる場面が、しばしばみられる。ごく当たり前のことをしようとする人が、世間の非常識が介護の常識の典型である人々から浮き上がってしまうことがある。

しかしそれを放置していく場所では、利用者の笑顔も心も奪われてしまう。正論がつぶされないように、正しいことが正しく行われるように、たった一人で始めなければならないことがあるのだ。

人の役に立ち介護という基本に立ち返って、そのことを奪わないために、一人で始めなければならない人を、僕は応援して、志を同じくする人とつなげていきたい。

いきものがかりの楽曲に、「エール」という名曲がある。その中に次のようなフレーズがある。

翼があるのに、飛べずにいるんだ。一人になるのが怖くて、つらくて。
やさしい陽だまりに 肩寄せる日々を越えて、僕ら孤独の旅へと歩く
サヨナラは哀しい言葉じゃなく、それぞれの夢へと僕らをつなぐエール
ともに過ごした日々を胸に抱いて、飛び立つよ一人で、次の空へ。


この歌が僕は好きだ。この歌詞が僕は好きだ。僕もこの春、新しい旅立ちの時を迎えた。その時にも、この歌を口づさんで、自らの心を鼓舞して過ごしてきた。そして僕にとっての次の空も、今青空が広がっている。

僕のように、一人で次のステージに踏む出した人たちに、心からのエールを送りたい。
始まりはいつも一人

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