熊本地震の被災地では、いまだに停電が続いている地域がある。

そうした地域では、暗い夜を過ごす中で、さまざまな不安が頭をよぎるだろう。その主たる
原因は、暗い中でものを考えることであることが多い。

暗闇の中で物事を考えると、どうしても悪いほう悪いほうに思考が向かってしまうからだ。だから心配事があるときほど、夜は努めてものを考えずに、陽が昇ってから考え事をするようにしていただきたい。特に災害を受けた直後の、停電時の暗闇の中では、どんなことを考えても悪い方向に向かうだろうから、いったん考えることをやめるということを、意識的にしてほしい。明けない夜はないのだから・・・。

思い起こせば約3年前、登別を襲った季節はずれの大雪で、北電の鉄塔が倒れ、丸2日間市内全域が停電に見舞われたことがある。
※参照:登別大停電の影響と教訓その1)~(その2

そのとき僕は、当時勤めていた施設に2日間泊まったが、街路灯がすべて消えた外の暗さに恐怖さえ感じた。漆黒の闇に自分の体が溶け込んでしまいそうで、本当に怖かった。あの時も、この先いつまで停電が続くのだろうと、不安しか感じなかった。

ところがそのとき、吹雪で曇っていた空が、真夜中に晴れてきて月の光が地上に届いた。

すると、月の光が白い雪に反射して、それは闇を振り払い、地上を照らす輝きのように見えた。きっと明日は、よいことがあるとその時に思った。

送電の鉄塔を倒して、漆黒の闇を生んだのが雪ならば、その闇を振り払って輝いていたのも、またその雪である。絶望をもたらした雪が、希望の光を反射していた。自然とはなんと不思議で偉大なものなのだろうか。

あの時は、冬の時期であったから、暖房が不可欠であり、電気を使わないアナログのストーブのありがたさを、あらためて感じたりした。

そういえばあの時、電気が止まって仕事が停まったのは、PCですべての処理を行う事務系統であった。

そのような中、介護業務は、人が中心となってサービス提供するがゆえに、主要な業務は滞りなく行うことができた。アナログな業務ゆえに、電気が止まって機械が動かなくとも、介護サービス自体に滞りはなく、いつも通りの利用者の日常を守ることができた。

経済産業省が3月24日付で発出した、「将来の介護需要に即した介護サービスに対する研究会 報告書」には、「施設サービスに、見守りセンサー・ケア記録等の電子化・排泄支援機器を導入した際の効果を試算すると、2035年時点で35万人の介護人材需要が抑制される見込み」などとして、人材確保策を、機器を有効活用した人材需要の減少策で補う方向性が示されているが、本当にそうなったとしたら、自然災害には非常にもろいサービスとなるだろう。

ただしこの報告書が現実となるような、人の業務を軽減できる介護ロボット等は存在していないのが本当のところだ。自動排尿装置によって、おむつ交換が必要なくなったとしても、それを装着した人に対する体位交換は不可活で、機器をつけた人の体交は、機器をつけていない人より手間がかかるだろう。

機器の活用で夜勤の業務負担が減ったり、配置人員を少なくすることなどできるわけがない。

それを無理に実現しようとすれば、どこかに大きなひずみが生じて、介護サービスは人の暮らしを護ることができない、いびつでゆがんだものになるだろう。

そもそも人間は、おむつの不快感をなくすために、陰部に機器を装着して身体の動きに制限を受け、臥床状態のまま長時間、誰からも対応されないことに耐えられるものだろうか。

血の通うわない人間が作る報告書の、血の通わない方針によって、この国の介護の近い将来は、生きながらえることだけを目的としたサービスに陥るのではないだろうか。

そんな心配が杞憂に終わることを祈りたい。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

介護の詩・明日へつなぐ言葉」送料無料のインターネットでのお申し込みはこちらからお願いします。

人を語らずして介護を語るな 全3シリーズ」の楽天ブックスからの購入はこちらから。(送料無料です。)