認知症の男性(当時91歳)が、妻がうたた寝している間に、自宅から外に出て徘徊中に列車にはねられて死亡した事故をめぐり、JR東海が遺族に損害賠償を求めていた訴訟の最高裁判決が下された。

その結果は、死亡男性の家族に賠償を命じた2審判決を破棄し、JR東海側の請求を棄却した内容となっており、これによって家族側の逆転勝訴が確定した。

家族側の逆転勝訴という裁判結果については、最高裁判決前日に書いた記事、「認知症徘徊列車事故訴訟の最高裁判決の何を注目すべきか」 で予測している通りとなった。

しかしその記事で指摘した、「損害賠償」については、何も論じられず、本件についてはJR東海がどこからもその補償がされないという結果に終わった。毎年1兆円以上の収益を上げているJR東海が、このことによって経営危機に陥ることはないが、だからといって、この問題を被害を受けた側の「泣き寝入り」のような結果に終わらせて良いのだろうか。そうした疑問が残されたままの最高裁判決であると言える。

この点は今後、国民議論となることを期待したい。

もう一つ、この裁判結果では気になることがある。新聞にはこぞって、「家族の監督責任なし」と言う見出しが躍っているが、判決要旨を読む限り、監督責任がなしとされたのは、本件の状況を判断した結果であり、それは個別に事案によって判断されるという点である。(参考:本件の最高裁判決文全文

本件では、1審で妻とともに監督責任があるとされ、損害賠償を命じられた長男については、20年以上別居していたことから監督義務者に当たらないとされている。(※長男の監督責任は2審ではなしとされた。)

1審2審とも監督責任があるとされ、2審では360万円の賠償を命じられた妻については、事故当時85歳で、要介護1という認定を受けていたことから、認知症の夫を監督することはできなかったとして、こちらも監督義務者に当たらないと判断した。

このように最高裁は今回の判決で、配偶者や子、成年後見人といった立場だけで、監督義務者になることはないという判断を下したものの、同時に認知症の人との関わりや、同居の有無、介護の実態を総合的に判断して、「監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合」には、監督義務者として賠償責任を負うとしている。

ただしこの判決では、監督義務があった場合の免責条件は示されなかった。

つまり今後個別の事案を精査する際には、家族の監督責任が問われる場合もあり得るということになる。

判決文の中で、「四六時中本人に付き添っている必要があり,それでは保護者,後見人の負担が重すぎるということなのである。」とか、「認知症高齢者の在宅での介護は,身近にいる者だけでできるものではないが,身近にいる者抜きにできることでもない。行政的な支援の活用を含め,本人の親族等周辺の者が協力し合って行う必要があることであり,各人が合意して環境形成,体制作りを行い,それぞれの役割を引き受けているのである。各人が引き受けた役割について民法709条による責任を負うことがあり得るのは別として,このような環境形成,体制作りへの関与,それぞれの役割の引受けをもって監督義務者という加重された責任を負う根拠とするべきではない。」などとして、認知症の人の行動をすべて監視・対応できないことに理解を示しているが、これはあくまで裁判官個々の意見を列挙したものに過ぎず、判決の根拠とされているわけではない。

果たしてこの結論で良いのだろうか?

仮に本件と同じケースで、妻が要介護認定を受けておらず、心身の状態に全く問題がないとされ、監督義務を負うとされた場合に、うたた寝して認知症の夫が外に出たということは、監督義務不履行に該当して、賠償責任を負わねばならないのだろうか。そもそも監督義務者だからといって、認知症の人の全ての行動監視が可能なのだろうか。

このことに関しては、2013年12月11日に公益社団法人 認知症の人と家族の会が出した意見書でも、「介護保険制度を使っても認知症の人を 24 時間、一瞬の隙もなく見守っていることは不可能で、それでも徘徊を防げと言われれば、柱にくくりつけるか、鍵のかかる部屋に閉じ込めるしかありません。」・「認知症であるがゆえの固有の行動から生じた被害や損害については、家族の責任にしてはいけない。」と提言している。

これは極めてまっとうな意見であると言え、認知症の人がさらに増える社会であるからこそ、認知症の人が地域で暮らし続ける社会を築くために、その家族に過度な監督責任を負わせず、街ぐるみで認知症の人を見守るという視点が求められるのではないだろうか。

少なくとも監督義務があった場合の免責条件については、一定の基準なり、例を示して欲しかったと思う。

そういう意味で、今回の最高裁判決について、もろ手を挙げて歓迎できるとまで言えないのである。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

介護・福祉情報掲示板(表板)

介護の詩・明日へつなぐ言葉」送料無料のインターネットでのお申し込みはこちらからお願いします。

人を語らずして介護を語るな 全3シリーズ」の楽天ブックスからの購入はこちらから。(送料無料です。