たくさんの尊い命が失われた東日本大震災から4回目の3.11を迎えた。

もう4回目なのか、まだ4回目なのか、感じ方は人それぞれだろうと思うが、直接的な被害を受けた方々にとって、今現在も震災の影響は色濃く残っているだろうし、それは過去のものではないだろう。

この国に残された傷跡、爪痕もまだ深く残っている。特に福島の原発被害は、これから子供を中心にして甲状腺癌の発症者が増大するという恐れもある。放射線被害について、アンダーコントロールという言葉を能天気に信じている国民は少数派だろう。

あの日を思い出してみると、僕は福岡に滞在しており、地震が起きた14時46分18秒には、九州ビルディングの9階大ホールで行われていた、福岡県老人福祉施設協議会・制度施策ワーキングセミナーで、24年制度改正に関連して、『地域包括ケアを考える』という講演を行っており、地震と津波が発生したことすら知らない状態だった。

思えばあの日は金曜日で、地震発生時刻や津波発生時刻には、僕たちと同じく介護サービスに携わる多くの仲間たちが被災地でいつものように介護サービスに従事していたはずだ。そこでサービス利用していたたくさんの利用者の方々もおられたはずである。

それらの多くの仲間たち、利用者の方々もあの震災で命を落とされた。

あの日以来、震災関連死を含めると2万人以上の方々の命が失われたそうであるが、その死とは2万分の1の死ではなく、あの日から今までに、「1人が死んだ事案が2万件以上あった」という意味である。そしてその周辺には、残された数多くの方々の哀しみが無数に存在していて、その傷跡がうずき続けているなかで迎える4年目のこの日ではないかと思う。

そういう国に住む民として、対人援助サービスに携わる者として、残された僕たちに何ができるだろうか。介護サービスという職業に使命感と誇りを持ちながら、志半ばで命を落とされた人々に対し、僕たちは何ができるだろうか。

少なくとも残された僕たちは、この国の民が、人の命や暮らしを誰よりも尊く思うことができるような国を作っていく使命があるだろう。人の暮らしを護るべき対人援助の分野では、何よりも人の命と尊厳を護る方法論を築き上げる責任があるだろう。

人を人と見ないような間違った方法論を排除し、介護サービスの常識が世間の非常識という状態をなくし、全ての国民が安心して身を委ねることができる介護サービスを創っていく責任があるだろう。

失われた尊い命、たくさんの仲間たちが、生まれ変わってまたこの国に生まれたいと思うことができる国を創ることを目指して、一人ひとりの国民が今いる場所で、今できることを続けて行く責任があるのだろうと思う。

一人の100歩よりも、百人の一歩が必要な時があることを理解し、一人ひとりが歩み続けることが大事なのだろうと思う。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

介護・福祉情報掲示板(表板)

4/24発刊「介護の詩・明日へつなぐ言葉」送料無料のインターネットでのお申し込みはこちらからお願いします。

人を語らずして介護を語るな 全3シリーズ」の楽天ブックスからの購入はこちらから。(送料無料です。