認知症の症状がある83歳の男性が、高速道路を逆走して事故をおこし亡くなる事故があった。

(毎日新聞)WEB記事 2015年01月07日 11時29分配信より
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7日午前0時25分ごろ、東京都板橋区泉町の首都高速5号池袋線で、上り車線を逆走していた茨城県稲敷市江戸崎甲、無職、徳田順良(としろう)さん(83)運転の軽乗用車が大型トラックと正面衝突し、さらにトレーラーに接触して停車した。徳田さんは病院に搬送されたが、腰の骨を折るなどして死亡。トラックやトレーラーの運転手にけがはなかった。警視庁高速隊によると、徳田さんは認知症で、6日正午ごろに外出したまま連絡が取れなくなり、家族が茨城県警に届け出ていた。同隊で事故の状況を調べている。
 現場は片側2車線の直線。事故の影響で5号池袋線上りは美女木ジャンクション−板橋本町間が7日午前4時過ぎまで通行止めとなった。同隊によると、徳田さんは事故を起こす数分前にも、現場近くでタクシーと接触していたという。(転載ここまで)
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認知症の人による死亡交通事故は増え続けている。この背景には、運転ができるということで、本人が自分の判断能力の衰えが理解できないという理由のほかに、それらの人々の家族の意識の中に、「運転ができるうちは認知症ではない」とか、「運転ができているのだから大丈夫だ」という誤解があるように思えてならない。運転ができる状態は、認知症とは言えないということはないし、運転ができるうちは認知症であっても症状が軽度で、運転操作に支障はないと考えるのは大きな間違いである。

認知症の高齢者の方の交通事故の問題については、過去にも何度かこのブログ記事の中で指摘してきた。(参照:早急なる認知症ドライバー対策を求めたい。

アルツハイマー型認知症の初期症状は、「記憶障害」であるが、記憶とは、過去の出来事としての情報を覚える、「エピソード記憶」と、物の色などの意味の情報を覚える、「意味記憶」と、仕事の手順などの情報を覚える、「手続き記憶」の3種類に区分される。

そのうち「エピソード記憶」と「意味記憶」は早い段階で失われるが、「手続き記憶」はかなり後まで残ることが知られている。その理由は、「手続き記憶」だけ回路が異なるからだからと説明されている。

この手続き記憶が比較的晩期まで残ることを利用したケアが、ユニットケアの中で取り入れられている、「生活支援型ケア」である。

それは過去の生活習慣等に基づいて、できることを探してそれを続けるというケアである。例えば、一家の主婦であった認知症の女性なら、家事を行うことができる部分が残っているので、日常生活の中で、その家事能力を発揮できる場面を作りながら生活支援を行うのである。これは「家事の記憶情報」という「手続き記憶」が失われていないから可能になるケアである。

運転の手順も、「手続き記憶」なのである。そのためエピソード記憶と意味記憶が失われても、運転操作ができてしまう認知症高齢者は多いのである。しかしこの場合、運転操作がすべて正常にできるとは限らない。むしろ判断能力等の衰えがある場合が多く、正常な運転操作ができていない例が多い。そのため、所々で車をどこかにぶつける小さな事故を起こし、車のいたるところがへこんだりしていることが多いが、その場合でも車をぶつけたという記憶は、「エピソード記憶」であるためにすぐに失い、自分が運転操作を誤って、車をどこかにぶつけたという記憶はないため、自分は事故など起こさない正常な状態だと思い込み、運転をしないでおこうとは思わないのである。

僕が実際にかかわったケースでは、郊外のデパートに自分で車を運転して出かけているのに、駐車場に車を止めて買い物しているうちに、自分がデパートに車で来たことを忘れて、帰ることができなくなって保護されたケースがある。その時、駐車場で確認した車は、いたるところがへこんでおり、どこかで必ず物損事故を起こしていることが容易に想像できる状態であった。それはやがて大きな人身事故につながる危険性を孕んだ状態と言えよう。小学生の通学の列に認知症の人が運転する車が突っ込み、事故を起こした当事者は、そのことの記憶がないなんて言う悲劇が生まれないとも限らないのである。

そのような人は、車のキィーを置いた場所を忘れて、見つけられないことも多いが、運転操作自体はできるため、キィーを誰かが隠したり、盗んだと訴えるという別な症状につながることも多い。キィーが見つからないから車を運転しなくて済むという単純なことではないわけである。

そうすると、この問題の解決策の一番の決め手は、運転操作が、「手続き記憶」のみでできてしまわないように、そこにエピソード記憶又は意味記憶が必要となるようにすることが考えられる。

上に張り付けたリンク記事のコメント欄に、CBさんという方が、「自動車ジャーナリストの国沢光宏さんが、暗証番号式のエンジン始動システムを作れないか。」と提言していると情報提供してくださっているが、これは良い方法だと思う。

現在のエンジン始動システムは、自動車のエンジンキーを差し込んで一段回すとメインスイッチが入り、さらに回すとスターターモーターが回転するという「イグニッション‐キー方式」または、キィーを持った人がスタートボタンを押すとエンジンがかかるという方式が一般的だが、これはすべて手続き記憶で行われる行為である。ここに「暗証番号」を打ち込むという行為を入れると、「暗証番号を記憶している」というのはエピソード記憶と意味記憶の両方が必要な記憶回路であるから、認知症の初期症状の人でも、エンジンをかけることができないということになるだろう。

そうなれば本人も、自分の正常でない状態に気が付く可能性があるし、少なくとも周囲の人は、その危険性に気が付くであろう。

エンジンスタートに暗証番号を入力するシステムというのは、現在の技術でいえばさほど難しいシステムではないし、さほど高額な装置が必要になるシステムでもないと思う。日本の技術水準でいえば、安価でそのシステムを採用した車の製造が可能ではないのだろうか。そうなればその車製造の技術は世界からも注目され、そうしたシステムを搭載した車は、世界中から求められるのではないだろうか。

自動車メーカーには、是非そのようなシステム開発に力を注いでもらいたいものである。

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