「看取り介護」や「ターミナルケア」をテーマにした講演講師としてお招きを受ける機会が多い。

それは僕がオリジナルの看取り介護指針を作成し、それをネット上からダウンロードできるようにしていることと、当施設での看取り介護の実践について、このブログ記事などで、その評価や分析などを含めて情報提供していることによるものだと思われる。

そのテーマでお話をする際の講演受講対象者は、必ずしも介護施設の職員とは限らず、医療機関の看護師などの場合もある。ターミナルケアを考える上で、介護施設の実践方法を学んで参考にしようとする姿勢を持つ看護職員団体も増えているので、最近は看護師のみを対象にした研修主催団体からの講演依頼も多くなっている。

同時に国は2030年までに在宅での看取り介護を1.5倍、介護施設での看取り介護・ターミナルケアを2倍に増やしたいと考えており、それに沿った診療報酬や介護報酬加算の一層の充実を図っていく予定だ。それは死者数が現在より40万人も増える2030年において、病院のベッド数は今と変わらないことから、医療機関以外の看取りの場の確保が必要とされるという理由によるものだ。

よってこの流れの中で、今後看取り介護、ターミナルケアに取り組もうとする特養や老健、グループホーム、特定施設等も増えてくるだろう。それは決して悪いことではない。

しかし同時に考えなければならないことは、「看取り介護」、「ターミナルケア」とは、単に息を止める人がそこにいるということではなく、近い将来の死が予測される人に対して、最期の瞬間までその方の尊厳を尊重し、安心・安楽の時間を過ごしていただくということである。

苦しんでいる人の姿を見ても、「もうすぐ死んでいくのだから何もしなくてよい」と考えるのは、看取り介護ではなく、単なる「見捨て死」に手を貸す行為に過ぎないということである。

ところで、わが施設のことを振り返ってみると、現在の看取り介護実践につながった経緯は、必ずしも「看取り介護」の意味や必要性を見出して、その実践を目指したということではなく、ある意味、やむを得ざる結果として施設内での看取りを行うようになったという経緯がある。失敗や成功を繰り返しながら、施設で看取ることの意味を問いかけて行く過程で、必要とされる看取り介護の知識を得つつ、現在の取り組みにつながってきたと言ってよいだろう。

当施設がオープンしたのは昭和58年であった。当時は「看取り介護」という言葉はなかったが、ターミナルケアという言葉は広く普及していたし、僕自身もその言葉は知っており、その意味も理解しているつもりであった。しかし今振り返ると、その理解はかなり浅いものであったと思う。

当施設で最初に利用者が亡くなられたのは、開設からわずか5日目のことであり、当然その方の死は「急死」と呼ばれる部類に入るもので、ターミナルケアを行って亡くなったケースではない。そもそも開設初年度は、特養の中でターミナルケアを行うという考え方はなかったし、行うための知識や援助技術も持ち合わせていなかった。

そんな中で、いわゆる老衰という状態で体力が低下し、命の炎が消えかかっている人がいたとき、当時は医療機関に受診しても、そういう人をなぜ連れてくるのかと叱られたものである。医療機関に連れてきても何もすることがないので、施設で最期まで面倒を見なさいと言われた。そうした医師の言葉や医療機関の対応に対して、当時はずいぶん憤りの感情を覚えたものである。

しかし振り返ると、それは老衰=自然死という意味であるという意味であったのだ。

そのことを理解できなかったがゆえに、そうした医療機関の対応を、責任放棄であるというふうにしか感じられなかったのである。しかしそれは僕や、僕の周囲の施設関係者だけの一方的な見方で、自然死という面からみれば、それは医療機関で延命治療をする状態ではなく、暮らしの場である施設の中で、自然に安楽に人生の最後の時間を過ごすように支援しなさいという意味であったのだ。

僕の施設では、そのことの理解がないままに、医療機関に入院できない終末期の人を施設内でやむを得ずお世話をするという形で、現在の看取り介護につながるケアが始まった。それは当初、看取り介護・ターミナルケアとは言えないようなものであったかもしれない。なぜならそのときは、終末期に起こるであろう様々な状態変化への対応の想定もなく、終末期の呼吸状態などに対する知識もなく、看取り介護の場で何が求められるのかという理念さえなかったところから始まっているのだから、「施設で死ぬこと」をターミナルケアと称していただけであった。

何より、その時にお世話させていただいた人々が、なぜ終末期であり、そこで何をすべきかというコンセンサスが、施設全体で形成されていなかったという反省がある。

そういう時期を経て、今僕の施設では、これが看取り介護であり、その時に何をすべきかということを言葉や文章で表し、看取り介護計画を利用者もしくは家族に説明し、それに沿ったケアを提供することができるようになった。そういう意味では、当施設の看取り介護の実践は、最期まで暮らしの場で利用者が過ごせるようにという動機の前に、どこにも行き場所がない人を最後までお世話しなければならないという結果によって始まったと言えるのかもしれない。

僕の施設のような実践例を参考にしながら、人生の最期のステージを安らかに過ごすために支援をしようという動機付けが生まれ、そこから看取り介護の実践がスタートする施設や事業所の方々の志は、僕らよりずっと高いものかもしれない。是非そういう人々によって、新たなステージの看取り介護を創っていただきたい。

介護は、「人生の99%が不幸だとしても、最期の1%が幸せだとしたら、その人の人生は幸せなものに替わるでしょう。」というマザーテレサの言葉を実現させることができる職業である。

僕たちはこの言葉に疑問をさしはさまず、その実現のために何ができるかを考え続けるだけでよいと思う。

そうであれば誰かの人生を幸せに彩るために、その人が最後の瞬間まで、幸福に安楽に安心して生き続けることができる場所を作るのが僕たちの使命だ。誰かの人生の最終ステージに「傍らにいることが許される者」になるために、日々の関係性の構築が大事になる。

そして看取り介護はその延長線上にあるもので、決して特別な介護ではないことを理解してほしい。そこで赤い花になって咲ける介護に誇りを持ってほしい。

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