今年25歳になった僕の長男は、子供のころから社会福祉に興味を持って、福祉系の大学に進学し、そこを卒業した後、札幌に拠点を置くNPO法人が地元に新設した施設の職員として、障がい者福祉の仕事をしている。

一方23歳の二男は、社会福祉には全く興味がなく、大学で勉強するより、専門技術を学んで就職したほうが良いと考え、高校を卒業後、技術系の専門学校に進み、その技術を生かすことができる地元の企業に就職した。

小さなころから同じ環境で育ち、機会あるごとに僕の職場の行事にも参加するなど、社会福祉や介護が身近にあるところで育った兄弟だが、全く別の考えを持って別の道に進んでいる。

兄弟であってもそれぞれの個性があり、自分自身を持っているということだろうから、この違いは素敵なことだと思う。

特に二男は、ある時期まで長男の後追い・真似ばかりして、進学する高校まで同じだったことを考えると、いつの間にか成長したのだと感慨深くなることがある。

長男も二男もまだ独身で、地元に職場があるため、現在も同居して親子4人で暮らしているが、今では二人とも、親の力は全く必要のない大人で、逆に親である僕がいろいろな面で助けられることの方が多い。ありがたいことである。

ところで二男が就職した年に、二男と高校が同じで、一緒にバンドを組んでいた仲の良い友達が、高校卒業後に就職した会社を退職して、職探しをしていることの相談を受けたことがある。ちょうど当施設で、介護職員の契約職員を募集していた時期で、介護の経験が全くないその友達が、就職試験を受けられないかということであった。

経験がなくとも、良い人材で、やる気があると判断すれば採用することはやぶさかではないし、介護未経験者でも、採用された場合は、きちんと援助技術を教えて、介護の専門家になれるように指導できることを伝えた。

その友人は高校生の頃、よく家に遊びにも来ていたとのことで、家人に話を聞くと、礼儀正しいし、人物としては全く問題なく、頭もよい子だということであった。

その時の募集人員は1名で、それに対して複数の応募者があったため、採用試験を行い、選考となったが、結果は二男の友人が選考された。ただしこの決定は、僕のコネクションによるものではなく、当法人の採用担当者の判断によるものであった。

当法人の採用規定では、介護職員の場合、介護福祉士の資格者でないと正規雇用できないことになっているが、前述したように、この際の採用条件は契約職員であり、常勤者ではあるが正規職員ではなかった。

契約職員は、基本給は正規職員と差がないし、定期昇給も同じく行われるが、通勤手当や夜勤手当以外の手当がつかないし、賞与の支給率も正規職員より低い。また職員共済会に加入しないために、退職金制度の対象外職員ということになる。当然年収等の待遇は、正規職員の方が優遇されていることになる。

そのため、その時に採用した彼には、当施設で実務を行いながら、介護の知識と技術を得て、将来的に介護福祉士の資格を取得し、正規職員となることを目標にするようにアドバイスした覚えがある。

当時、彼の仕事ぶりを見ると、初めて経験する様々なことに興味を持ちながら、真面目に業務についていた。介護の知識や援助技術の獲得にも一生懸命であったが、決して視野が狭まることなく、明るくユーモアのセンスもあり、対人援助に向いている性格に思え、大いに期待して見守っていた。

その彼が、今年実務3年の経験者ルートで、介護福祉士の国家試験を受け見事合格し、今年4月から正規職員となった。実務経験ルートは、2016年度から450時間の実務者研修の受講を義務付けられ、働きながら受験資格取得を目指す人には、時間とお金がより必要になることを考えると、実務3年で最初の試験に合格できて本当に良かったと思う。

しかし彼のような人材が現在の実務ルートで資格を得て、介護の場で輝いて働いている姿を見ると、この実務経験ルートの変更が、介護福祉士の質の向上を担保するかということに首をかしげてしまう。むしろ彼のような人材が、最初から資格取得のハードルが高いと考え、介護を職業とすることをおあきらめ、別の業種に就く人が増えるという結果しか生まないのではないかと危惧する。

むしろ介護福祉士の質低下は、介護福祉士養成校に入学する生徒の資質低下に起因する部分が大きく、入学希望者が減る現状で、ほとんど振り落としがなく入学できる養成校の生徒が、卒業さえすれば無試験で資格を得られる現状があり、その国家試験義務付けの改正だけを先延ばししてしまっているのだから、介護福祉士の質向上に限って論ずれば、実務経験ルートの変更は百害あって一利なしで、質の向上になんてつながらないと思う。それは介護を目指す人材確保の手立てをしないままの、試験制度改革の弊害の極みといえよう。

今年正職員になった彼は、就職4年目でまだ中堅職員とはいえないが、若手のホープである。礼儀正しい子で、出退勤の際は必ず施設長室に寄って挨拶を忘れない子である。当施設にとっては貴重な人材であり、二男には良い人を紹介してもらったと感謝するしかない。

正職員になったことで、彼の年収等の待遇もよくなっただろうし、それはつましくとも、家庭を持っても家族を養って生活できる年収レベルであると保証できる。それは本人の努力で得たもので、やる気と努力なくして、何かを得ようとしてもそれは無理というものだ。

やがて彼らが当施設のケアリーダーとなって、様々なものを改革し、創造していくのだろう。彼らが中心になって、新たな介護のスタンダードを作り、ケアサービスの品質向上の力になってくれることだろう。そのことを願っている。

僕らが前面に出る時代は終わりつつある。

そうした若い力が、輝いて働くことのできる職場であってほしい。そういう芽をつぶすような、社会保障制度改革であってはならないと思う。

社会福祉法人の繰越金は、施設のトップである施設長も、一般企業の管理職とは比べものにならないほど低い年収で、繰り越したお金を個人の懐に入れることなく、将来の施設整備費などに充てるために繰り越しているものだ。それを内部留保だなどと文句を言って、国に返してもらうなどという論理は横暴すぎる。国に返すお金というなら、巨額で不透明な形で積み上げられている政党助成金のほうが問題だろう。

介護給付費の支払いは請求後2月後れで支払われるのだから、繰越金も二月分の運営費である自主財源が含まれている。なおかつ繰越金は、将来的には施設の整備補助に使い切るお金である。それを会計基準も勘案せず、運営費も含めて内部留保だなどと決めつけ、根こそぎ取り上げるような制度改革であっては、そこで若い人々が安心して働き続けることができるわけがない。

生活の心配がない、金銭感覚の麻痺した政治家によって、この国の社会保障の担い手の芽が根こそぎ摘まれていく現状の向こうに何が起きるのだろうか。

制度改正議論等から僕の目に映るものは、荒野でしかない。その荒野は、時に「地域包括ケアシステム」という看板を背負った荒野である。

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