当施設の大ホールに架けられている柱時計がある。
それは何の変哲もない時計であり、そこに時計が架けられているということに、何の意味も感じていない職員のほうが多くなった。しかしこの時計には、ある利用者の思いが込められている。僕自身もそのことを忘れかけていたが、その方の思いをきちんと今いる職員たちに伝えておくことが必要かなと思った。
当施設は開設から、今年で32年目を迎えた施設である。この時計を寄付してくれた利用者の方は、開設の年に入所された方で、今でも当施設で暮らされているから、32年間ここに住み続けているということになる。
7年前に、「栄養士の役割・食は人生」というブログ記事を書いたが、この中の後半部分に登場する、脳性小児まひの後遺症で、小学生のころから四肢麻痺となった方が、その方である。
(※このブログ記事を読んでおられない人は、ぜひ一度読んでいただきたい。特に栄養士はじめ、厨房職員の方々にぜひ読んでほしい。)
この方は入園当時、全利用者の中で最年少であった。しかし現在では全利用者の平均年齢を超えた年齢におなりになった。
その方は、小学生の時に寝たきり状態となり、学校に通えなくなったことにより、学校での勉強はできなかったが、頭脳は明晰で我々にいろいろなことを教えてくれた。
当施設に入園する以前は、弟さんの世帯で暮らしていたその方は、障がいに対する無理解から、いろいろな差別を受けたこともあったようである。
例えば、まだ幼いころ、家にお風呂がない時期に、公衆浴場で入浴介助を受けていたとのことであるが、障がい者に対する偏見から、その方を連れて家族が公衆浴場に入って入浴介助をすることを、同じ時間に入浴している人がひどく嫌がり、時にはあからさまに、迷惑であるという言葉を投げつけられたりしたようである。そのためその方も、家族も、できるだけほかの人が入らない時間を見つけて、お風呂に入るようにしていたとのことである。
しかし当時の事情では、ほかに全く人がいなくなる時間というのはなかなか見つからず、その方の住んでいる場所から遠い、登別温泉のホテルの浴場に、観光客が入浴しない時間帯に、入浴しに行くことが日課だった時期もあるらしい。
そのほか、様々な偏見に身をさらされて生きてきたんだろうと思う。その方が老齢期に入られた時期に、縁あって当施設に入所された。コミュニケーション能力に全く問題のない人であったから、32年間の間にいろいろな話をしてきた。
20年ほど前に僕が相談を受けたことがある。それはその方の死後のことで、「自分が死んだら、緑風園の見える場所にお墓を建ててほしい」という相談であった。気持ちはわかるが、墓地・埋葬に関する法律というものがあって、勝手にどこにでもお墓を建てられるわけではないことや、一緒に長年暮らしておられた弟さんの思いも大切であることなどを説明させてもらい、先祖代々の墓所に埋葬することなどを納得してもらったことなどがある。
その方がある日、「いつも世話になっている介護職員さんに、何かお返しがしたい。」と相談を受けた。その時も、「お気持ちだけで結構ですよ。」といったが、何としても形のあるもので感謝の気持ちを表したいという気持ちが強かったのか、その相談をうけてしばらくして、「施設に時計を寄付したい。」という申し出があった。
その理由は、当時ホールには壁掛けの小さな時計だけが架かっていたが、忙しく立ち働く介護職員が、時間を気にしながら仕事をしていると感じ、小さく見づらい時計だけではかわいそうだから、大きく見やすい時計を寄付したい。それを見て時間を確認して、そんなに時間に追われずに仕事をしてもらいたいと思うのだということであった。
同時に、その方が言うには、「私たちは待ってるから、そんなにあわてなくてよいですよ。」という思いを時計に込めたいということだった。
当時の施設長などと施設内でその申し出について協議し、それほどの思いをもっているのだから、その寄付の申し出を断るのは、逆に失礼だろう結論に達し、その時計を寄付していただいた。
その時計が、今もホールで時を刻み続けている。その方は、現在その時計を自分が寄付したことを思い出せない状態で、コミュニケーションも片言でかわすしかない状態であるが、そうした思うがその時計に込められていることを考えて、その方の思いを忘れずに、いつまでも感謝をこめて、その方が人生の最晩年期を過ごす、この場所の暮らしをしっかり護っていく必要があるのだと思っている。
すべての利用者に心を込めた介護サービスを提供していく心構えが求められると思う。
和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。
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「待っているから。慌てなくて良いですよ・・・。」
という優しく相手を思いやる気持ちは、
その方やその方のご家族の持ち合わせておられる優しさでもあるでしょうし、
辛く悲しかった体験から生まれた物かもしれませんが、
素敵な方ですね。
そのように利用者の方から思われて職員さんも職員冥利に尽きますね・・・。