介護サービスの現場で、一番欠けている教育とは何か?ということを考えた時に、僕がそれに答えを出すとしたら、「利用者は単なるユーザーではなく、顧客であるという教育がされていないということだ。」と回答するだろう。

顧客満足度という視点に欠けているから、チームケアの必要性を意識できないし、チームとして機能しようとしないとも思う。

利用者を顧客と見ない意識では、適切なサービス業としての労働対価が支払われなくても仕方がないし、顧客満足度を意識すれば、丁寧語を使わないという選択肢は有り得ないと思う。

そのために僕は、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱している。

割れ窓理論とは、もともと犯罪心理学の中で唱えられている理論で、割れた窓を放置しておくと、割られる窓が増え建物全体が荒廃していき、やがてそうした建物が地域に増えることで、地域全体が荒廃していくという理論で、割られた窓をすぐに補修することで、そうした荒廃を防ごうという理論だ。

僕は介護現場の割れ窓は言葉であるとし、言葉の乱れが常識ではない感覚麻痺を促進させ、虐待に繋がると考え、まず言葉を正しくすることが大事だと主張している。

言葉を正して、利用者に対する言葉遣いは丁寧語を基本にすれば、心の乱れをある程度までは防ぐ効果もあるし、言葉だけを正しくして態度が荒れてきたら、周囲の人はそのことに対して違和感を覚え、その不自然さ、不適切さに気づきやすくなり、深刻な問題に繋がる前にほころびを指摘でき、修復できるという効果もあると考えている。

利用者に対して丁寧語以外の言葉で話をする必要性はないし、丁寧語を使っても親しみやすさは損なわない。むしろ言葉を崩すことで弊害を生む例がたくさんあることを紹介し、親しみやすさという名の、無礼な馴れ馴れしさはいらない事を様々な事例を挙げて説明している。

特に2025年には、団塊の世代の人々が後期高齢者の仲間入りをして、介護サービスを使う人がさらに増えてくるだろう。それらの世代の人々は、企業戦等として高度経済成長期を支えてきた人で、我々の世代より上下関係に厳しく、サービス業の言葉遣いに敏感な世代であり、我々が言葉を崩すことで不快になる人は多く、同時に崩した言葉に傷つく人も多いはずである。

そうならないためにも、今、我々の世代で、顧客サービスとしてふさわしくない言葉でサービス提供するのが、親しみやすさの表現だという変な誤解をなくして、顧客サービスとしてふさわしい言葉遣いを普通にできる介護を作っていかねばならない。今変えていかないと、汚い言葉でいつか我々自身が傷つき、我々の愛する子供や孫が傷つけられるのである。

保健・医療・福祉・介護の仕事以外で、どこに顧客に対して砕けた言葉が通用する職業が他にあるのかを考えた時、こんなことは議論にさえもならないのが本来で、一部のカリスマ性を持った指導者が、言葉を使い分けるのがプロであるかのようにふるまって、汚らしい言葉で伝道師気取りしているのはどうにかならないものだろうかと思う。

言葉は、それを使う人自身の人格になり、やがてそれは運命になるのである。

そのことは僕の著作本でも繰り返して書いていることであるし、テーマが異なる様々な講演でも必ずお話しすることである。そして正しい言葉を使うということは、何のテクニックも必要としない事なので、やる気になれば今この瞬間からできることなのである。

僕が行う講演では、できることしか話さない。だから共感する人は、自らを変え、介護の現場を変えているのである。

先日もある方から次のようなメッセージをいただいた。

『一緒に働いている相談員が〇月〇〇日に講演を聞きに行かせてもらいました(私は留守番してました)。その後、彼女の何が変わったかというと、「言葉」でした。もともと丁寧に話をする人でしたが、講演を機に、人にもそれを伝えていくようになったことがとてもうれしく思います。
彼女曰く、ブログでも、本でも、講演でも、言われている内容が一貫していて、とても分かりやすい、当たり前のことを当たり前として丁寧に行うことが基本中の基本なのに、それを忘れていたことに気付かされたと話していました。』


このように、僕の話を日々の業務に生かしてくれる人がいることは、とてもうれしいことだ。それによって、利用者の尊厳と暮らしが守られていくことになれば、これに勝る幸せはない。

僕は誰かの心に咲く赤い花を一輪ずつ増やしていくことが、自分に与えられた使命であると思ってはいるが、僕一人でできることは限られている。しかし僕の話に共感して、「人にもそれを伝えていくようになった」人が、自らの職場でそのことを伝えてくれるのであれば、これは大きな波になる可能性がある。

僕の話を聴いて共感してくれた方々にお願いです。どうぞそのことをあなたの周り人々にも伝えて、その実践者を周りに少しずつ増やしていってください。全ての人が変わらなくとも、あなたの周りの幾人かの人が変わっていくだけで、それはいつか介護イノベーションにむすびつくかもしれないのですから、そのことを信じて続けていきましょう。

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