今、青森に向かうため新千歳空港にいる。いつもはブログ更新を休むことの多い祝日であるが、飛行機の乗り継ぎ時間があるので、時間を持て余しており、思いつくままに短い記事を書こうかなと思ってipadを取り出したところだ。

今日の午後から、青森県社会福祉士会が主催する「2012ソーシャルワーカーデーinあおもり」のイベントの中で、「これからの社会福祉士および相談援助職に求められていくもの」というテーマで記念講演を行い、それが終わったらとんぼ返りで北海道に戻ってくる予定である。

ソーシャルワーカーデーとは、日本社会福祉士会をはじめ、社会福祉関係17団体が加盟するソーシャルケアサービス従事者研究協議会が、ソーシャルワーカーの社会的認知を高めるために、2009年から「海の日」を「ソーシャルワーカーデー」と定めたものだ。

そのため、この日は全国各地で「ソーシャルワーカーデー」としてのイベントが行われ、北海道でも北海道社会福祉士会主催のイベントが行われる予定であるが、北海道社会福祉士会からお呼びのかからない僕は、青森の社会福祉士会主催のイベントにお呼ばれして向かうというわけである。

場所は、青森市のアピオあおもりである。特別なことを話すつもりはない。僕が普段うちの施設で相談援助職に求め、実践していることを話すだけである。細かな内容は会場で受講者を目の前にして、そこの空気を感じてから自分の中にわき上がってくる感情から言葉を探すのが僕のいつものやり方だ。

ただ基本線としては、サービスの現場での相談援助職の役割として僕が基本として考えていることとして、「ソーシャルワーカーとしての相談援助職とは、現場において、蟻の目と、鳥の目との両方の視点から現場のサービスをチェックできる存在」であるということは示してこようと思っている。

だからそのためにも僕は、相談援助職に就くものが、介護職員と同じことを出来るというスキルは大事だが、同じ業務を行っている状態は好ましくないと考えており、そのこともお話ししてくる予定である。

そして具体的な役割から考えるソーシャルワーカーの立ち位置とは
・ソーシャルワーカーとして、利用者に寄り添う存在(施設も在宅も同様)
・ソーシャルワークとは、人の生活上の困難を捉え、介入し、調整し、生活課題の解決を図る役割
・人間だけに問題があるのではなく、人と環境が交互に影響を与え合う生活モデルの視点
・治療よりも援助
・援助者中心より利用者中心


であると考えている。このことを具体的に示すと共に、そうした立場から、頭脳としての役割を持つソーシャルワーカーが中心となって作り上げるべき、「ケアサービスの姿」というものを具体的に話そうと思っている。

もちろんそこには、社会福祉援助の専門家としての基礎知識や基本姿勢や専門技術が必要なことは言うまでもないが、その前に「人」として決して失っていけない基本姿勢があるのだろうと思っている。そのことはつい最近、フェイスブックの方に少し書いておいた。その記事を下記に転載して今日の記事の締めとしよう。

(しあわせについて)
マザーテレサの言葉の一つに、「わたしたち一人一人が、自分の玄関の前を掃除するだけで、全世界はきれいになるでしょう。」というものがある。

僕にできることは限られているけど、僕できることをひとつずつし続けることで、少しだけ変わるものがあるはずだ。そうであれば、僕は世界中の人が少しだけ今より幸せになることができるように、せめて自分たちの目の前にいる人々を幸せにするために生きたい。

そしてその輪を広げていきたい。そのために誰かの赤い花になろうという呼び掛けに賛同してくれる仲間を増やしたい。
幸せ


(愛について)
人が人を幸せにすることは、そんなに難しいことではないんだよ。その人を人として愛するだけでよいだけだから。

でも人が人を傷つけることは、もっと簡単だよね。自分の心を歪めて、人を憎めばよいだけだから。

でも人は人を愛する時に美しくなれるんだ。心も顔もね。
人は人を憎む時に醜くなってしまうんだ。心も顔もね。

どうせ限られた時間をこの世で過ごすときに、美しく存在していたくないかい。だってそのほうが幸せになれるだろう。
愛する人でいてください


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