僕は普段12時間くらい施設で過ごすことが多い。

朝7:00少し過ぎくらいには施設に着いて、帰りの時間が19:00くらいになることが多いからだ。

だから普段の日は、朝利用者の方がホールで食事をしている時間に出勤し、夕食を終えて部屋に向かう人が多くなる時間に施設を後にすることになる。昼食時間も当然僕が施設内にいる時間だ。つまり僕が出勤している日は、利用者の皆さんが3食の食事を摂っている様子を確認できるということになる。

僕が一番長くいる場所は「施設長室」というスペースであるが、ここは正面玄関を入ってすぐ左手の場所で、大ホールに隣接している。僕がそこにいるときは、来客中以外はドアを閉めていることはなく、ドアは常に開いている。

だからこの場所で、食事の時の配膳の音や、食事の匂い、利用者の方々が食べている際の空気を感じることができる。直接利用者の方々の支援行為に関わることがなくなって久しい僕にとって、そこで利用者の皆さんの息づかいを感ずることは、とても大事なことである。

ところで、「奇声を発する人の心」という記事で紹介したKさんが先日亡くなられた。享年93歳。

Kさんが大きな声を出さなくなることは最後までなかった。入園された頃より、声を出すことは少なくなったとは言っても、何かの拍子に叫び声を発することはなくならなかった。まったくその理由がわからな声出しもなくならなかった。僕らは最後まで正答を見つけられなかった訳である。

僕は毎日のように、施設長室でKさんの声を聞き、職員の応ずる声を聞き、時にはKさんのもとにそっと近づいて声をかけたりしていた。

Kさんの声は、施設長室で聴いても大きな声であったから、周囲の人々にとって、それは騒音・迷惑以外のなにものでもなかったろう。時には同じテーブルに座っている人が「うるさい」と怒鳴ることもあった。しかしそういう時でも、職員はKさんに対して概ね適切な対応と声掛けをして、Kさんが落ち着いて食事を摂れるように誘導していたと思う。そのため周囲の人々も、Kさんに対して、過度の暴言や不適切な暴力に至ることは無かった。

他の利用者の方々が、認知症の方に対してどのような態度で接するかということについて言えば、それは職員が認知症の方に対して、どう接しているかが大きな影響があると思う。

職員が乱暴な声掛けや対応をしておれば、利用者の方々がそれ以上の不適切な態度で臨むのは当然である。職員が認知症の方に対していたわりの気持ちを持ちながら、適切な態度で接して初めて、他の利用者の方々も認知症の方を守ってくれるのだと思う。

つい最近ニュース映像に流れた、入浴の際の着替え介助の際に乱暴な言葉を投げかけ、服を引っ剥がすように逃がせていた施設の中では、周囲の誰もがそうした態度で接しても許されるんだと勘違いするだろう。やがてそれは感覚麻痺を生み、様々な場面で「施設の常識は、世間の非常識」という状況を作り出すだろう。さらにそれは、将来的には自らの身に降りかかってくる問題なのかもしれない。

少なくとも僕の施設でそういうことはないと思うが、残念ながら何度指導しても日常的に「丁寧語」を使えない職員も存在する。決して乱暴な言葉遣いをしているわけではないが、いつまでも丁寧語を使えない職員が存在する。言葉が介護の割れ窓になるということをいつになったら理解できるのだろうか。残念ながら現状はそういう職員はそういうスキルなのだと勤務評定せざるを得ない。

Kさんの話に戻そう。その大きな叫び声は、確かに「うるさい」と感じる声であったし、その声をほぼ毎日聞いていて、時には(特に大事な書類を作っている時など)僕自身も心の中で「うるさいなあ」と感じる時もあったが、今、Kさんの声を全く聞くことがなくなって感じることは、説明できない寂しさである。

勿論Kさんが声を出しているときは、Kさんにとっては、小さな危機の訴えであったり、他者がわかってくれないことのいらだちであったり、Kさんにとって良くない状態であったことは間違いない。

だからKさんが声を出さなくてすむ状態を作ることが、一番求められていたことであろうし、その答えは最後まで出せなかったことにおいて、我々は充分な支援ができなかったと評価されて仕方ないだろう。

今考えるとその声は、「私のことをもっと見て」・「私のことをもっとわかって」というKさんの魂の叫びであったと思う。Kさんにとっては命の叫びであったろう。

僕の心のどこかには、その叫びを聞きながら、どういう答案を書こうかと日々想像する日常をやりがいと感じていた部分があるのかもしれない。だから今、一抹の寂しさを感じながら静かな日常を過ごしている。

でも時々Kさんの声が聞こえるような気がしている。その時僕は「我々はKさんに対して、我々ができ得る最大限のことをしたのか」と自問自答したりしている。

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