それぞれの人生と死に向き合うために」という記事で紹介したOさんは、その記事の中でも書いているように、生前に公正証書という形で遺言状を作成し、当施設に遺留金を寄付してくれた。

当然、公正証書を作る段階で公証役場の公証人の方にお願いしたわけであるが、Oさんと公証人のつなぎ役も、当時相談員であった僕が担当したわけである。その結果Oさんの遺留金が今後の施設運営に使われることをきっとOさんは喜んでくれると思うし、そう考えるのであればなおさらOさんが喜んでくれる形でそのお金を使わねばならない。それはとりもなおさず、我々のサービスが本当の意味で利用者の暮らしの豊かさに繋がるように、責任を持って取り組む必要があるということだろう。

様々な人々の寄付を受けるという意味は、そうした責任を伴うものである。

ところで、特養の相談援助業務を長く続けていると、遺言公正証書の作成に関わる機会は必然的に多くなる。

故人の生前の思いを、死後に実現するための援助は大事な援助である。その方法に瑕疵(かし)があって、故人の思いが達せられないことになれば、それは取り返しのつかないミスと言えるので、遺言として効力がある方法と内容を考えた場合、遺言公正証書の作成という方法は、費用負担も数万程度で済み、確実な方法である。

しかし問題は、この遺言公正証書をいつ作るのかということである。遺言を作成していなくても相続人がはっきりしている場合ならば、そのような書類を作成しておく必要はないだろう。

しかし、例えば血縁者がない方でも、生前お世話になった人がいて、その方が施設入所に関わる「身元引受」をしている場合、遺留金をその身元引受人がそのまま相続することはできない。この場合は、故人の意思として遺留金を相続させる法的な根拠となる遺言状を作成することが必要とされる支援行為であるかもしれない。だが、そうであっても利用者自身は、そうした支援を施設が行ってくれることを知らない場合もあるし、そのことに気がつかない場合もある。その時、施設の担当者が、より積極的に遺言状が必要ではないかと考えてアプローチすることが求められるであろう。

僕が関わったいくつかのケースでは、こうした身寄りのない方々に、まだお元気で意思がしっかりしているうちに、「もしもの事を考えておきましょう。」というふうに死後の問題を話し合う機会を持つ中で、遺言公正証書作成に至ったケースがいくつかある。

Uさんは、結婚歴もなく身寄りのない人であったが、自分が長く「お手伝いさん」として働いていた一家の中で、家族と同じように暮らしていた方であった。その方が養護老人ホームを経て、僕の施設に入ってきた後、僕は彼女に「もしもの時」を考えるように相談機会を持った。そして彼女の意思に基づいて、彼女が家族同然に暮らしていた方に遺留金を手渡す内容の公正証書を作った。

Uさんが、その内容を確認して同意するために、公証人が遺言公正証書を読みあげている間、ずっとUさんは涙を流し続けていた。そして公正証書謄本と副本が出来上がると、僕に「本当にありがとう」と感謝の言葉を言い続けた。数年後、その遺言公正証書に基づいて、Uさんの遺留金とお骨は、その家族のもとに引き取られた。Uさんは今、ご自分が若い頃に「お手伝いさん」として一緒に生活した家族の菩提寺で静かに眠っている。

施設のソーシャルワーカーが、このケースように、生前に身寄りのない利用者の「死後」について考えてアプローチすることは大事なことである。しかし死をタブー視する現場では、こうした大事な援助が行われていない現実がある。だから我々のサービス現場で「死」を語ることをタブー視してはいけないと思う。人生の最晩年に寄り添う関係者として、福祉援助の専門家として、そのこともきちんと受け止めた上で、豊かな暮らしを創り上げるという視点が重要だと思う。

高齢者と「死」は、ある意味隣合わせに存在するとも言え、そのことを語ることは高齢者の精神に悪影響を与えると考える向きがある。しかし自分が元気なうちに、意思がしっかりあるうちに、死後のこともきちんと考えておきたいというのは、多くの方々の共通した意思ではないのかと思う。

そのためにもソーシャルワーカーは、利用者の死後も想定して話しあえる関係性を利用者との間に築いていかねばならない。それが本当のラポール(信頼)関係である。

当然その背景には、終末期の援助が、誰から評価されても恥ずかしくないレベルで行われ、利用者自身が、そのことを確認できる環境にあるということは言うまでもないだろう。

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