2012年度〜2014年度は第5期介護保険事業計画期間となる。(2012年4月1日〜2015年3月31日まで)

この計画期間中に、介護施設を始め、特定施設やグループホームなどの箱物も数多く建設される。

このこと自体は要介護高齢者が増えることに対応したもので、地域住民の顧客ニーズに合致した必要な対策と言えるであろう。

しかし行政計画は、地域の住民ニーズに対して、いかに必要な社会資源を提供し得るかという観点が主になるから、その社会資源が不足している場合は、必要なサービス量の確保として、介護施設や居宅サービス事業所の数を整備しようというものに過ぎない。そこでどのような人材によってサービス提供されるかまで関知するものではないのだ。

つまりサービスの質は事業者に丸投げし、事業者責任でそれを担保させ、法令上の最低基準を遵守させるための行政指導は行うが、それ以上の質の向上は行政が関知しないという意味である。

だからと言って介護事業者は最低基準さえ守っておればよく、それ以上の責任はないと考えるのは間違いである。それは、福祉援助や介護サービスは人の暮らしを守るのが目的であり、生かしておくだけの最低限の生活さえ保障すれば良いということにはならず、社会的要請にも対応すべきであるからだ。

ここで問題となるのは、介護サービスは対人援助であるがゆえに、人的資源としての人材は不可欠要素で、その質の差によって、サービスの質が左右されてしまうということである。

ところが、この人材の確保に関する対策はほとんどなされておらず、サービス資源の量が増えても、そのサービスを担う人材の確保はまずます困難となる。

介護福祉士の養成校に人が集まらず、かき集めた人材は、将来の福祉を背負って立つスキルをそこで獲得する素養にさえ欠ける人物も数多く含んでいる。しかしそのような状況であるにもかかわらず、養成校の募集定員が満たされず、クラス数の削減を余儀なくされ、養成課程を廃止する学校も現われている。

ホームヘルパーの養成講座も同じで、募集定員を満たし、講座を実施するためには、かなりスキルの低い生徒もかき集めなければならず、そういう生徒は授業を寝ながら受けているだけでヘルパー資格を得ているという現状もある。こういう有資格者が「人材」と言えるかどうかは大いに疑問だ。

既に介護サービス現場は、人材が枯渇しているのではなく、人材とは言えない人員の枯渇現象が起きていると言って過言ではない。

人材育成は本来、国のシステムに組み込んで、政策として実施しなければ充分なものにはならない。そうであるにも関わらず政策としての人材確保の方策は皆無だ。介護福祉士の養成課程の見直しや、ヘルパー資格の見直しをいくら行ったとしても、それは所詮人材確保とは別方向からの、資格のハードルを高くする方策にしか過ぎない。それも必要ではあるが、一方で人材の数をどう増やすのかを考えた時、高くしたハードルを乗り越えて、なおかつその資格取得を目指そうという「動機づけ」が若年層に生まれなければならない。

しかし現在のように、卒業さえすれば、国家試験を受けなくとも介護福祉士の資格を得ることができる状況であるにも関わらず、介護福祉士養成校に人が集まらない現状は、その資格を得て介護を一生の職業にしようとする根本の「動機づけ」が生まれにくいという意味である。

若者が介護サービスの職業を回避する理由は、その仕事がいわゆる3Kと言われるように、労働条件が厳しいという意味だけではない。決して楽な仕事ではないことは分かっているが、若者の中に「人の役に立ちたい」「社会に貢献したい」「人の手助けをできる職業に就きたい」という動機づけは減っていないのである。

にもかかわらず、介護福祉士を目指す若者が減っている最大の理由は、他職種に比較して年収が低い状況を鑑みて、中学や高校の進路指導で、介護福祉士を目指すことについて再考を促す進路指導が行われているからだ。

もっと若者が一生の仕事として考え得る労働対価を与えられる介護報酬レベルにしない限り、この状況は変わらない。ここはもう政策論である。官僚の考える財源論からの制度設計や報酬設計ではもう駄目なのだ。しかし来年4月からの介護報酬は、実質大幅減額である。つまり人材確保という部分への手当をより困難とする方向にかじを取られたという意味である。

この状況下で、資格取得のハードルを高めても、その目指す質の確保は難しく、むしろ資格取得者の絶対数を減らして、現場の介護サービスの崩壊を助長する引き金になりかねない。

介護サービスに従事する人材の数を、第5期計画で予定されているサービス量に対応すべく確保する方策はまったくない。この部分に関して言えば、政治は無知・無能で、認知症状態である。この部分に対策を講じる必要があると真剣に考え、活動している政治家は皆無だ。

このような状態で5期計画の施設・事業所整備が進めば、地域の中で決められたパイの介護職員の奪い合いが激しくなるだろう。それは結果的に良い事業者に、良い人材が集まるのではなく、介護サービス事業者をとっかえ、ひっかえ渡り歩くスキルの高くない人員を増やすことだろう。なぜならスキルが低くても、雇用される場所を見つけるのにさほど苦労はしないのだから、自分の質の低さを他人や事業者のせいにして、不満があれば就業場所を変えればよいと安易に考える職員を増やす結果をもたらすからだ。

僕は外国人労働者の確保も、経済連携協定(EPA)のよるのではなく、介護労働者の数の確保という本旨から見直すべきであると主張しているが、当の外国人労働者は、既に日本を介護労働現場としては選択しない意識が強くなっており、この部分でもそっぽを向かれている。今のように、莫大な国費をかけて、外国人研修生のうち年間数人という数しか介護福祉士になれない状況を国費の無駄と判断し、それを変えようとしたところで、当の外国人労働者は「はい、それなら日本に行きます」という状態ではないのだ。

そのような厳しい状況下で、国内の若年者層を、介護サービスの人材に育成すべきであるにも関わらず、この国の政治はそのことに無関心だ。

介護労働を生涯の生活設計が可能になるものにしない限り、この国の未来は財源から崩壊するのではなく、国の責務である社会福祉の崩壊から始まるだろう。

制度あって、サービスなしという状況は、サービスに従事する人材の枯渇から始まることは、誰に眼から見ても明らかだ。ここの部分の方策を示す、政策提言を行わない国会議員は、介護の現状をまるで理解していないのだろう。この国の将来を真剣に考えて、介護労働を担う人材確保に汗をかいてくれる政治家が出てこないと大変なことになる。

そういう意味から言っても、来年度(本年4月)からの第5期計画は、この国の「介護の破綻」の序章ということができるだろう。僕のこの予言を「荒唐無稽」な空想と笑って無視することができる人は、この業界に何人いるだろうか?

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