改正介護保険制度に関する法案が国会を通過し、あとは介護報酬がどうなるかということに注目が集まっているが、昨年の改正議論では通所介護の「お泊りデイ」を保険給付するかどうかが大きな話題になった。このことを忘れている人はいないだろう。

お泊りデイについては、長妻前厚生労働大臣と山井前政務官が「国民が望んでいるサービスだ」として保険給付に積極的で、二人でお手手つないでお泊りデイを行っている事業所を見学し、保険給付が実現する方向で準備されたが、前大臣と政務官が思ったほど、そのことに対する賛同の声は盛り上がらず、むしろ反対意見が強まった。

それは通所介護をショートステイと同じようなサービスにしてよいのか?泊まり前後の通所サービスを必要もないのに義務としている事業所があるということの問題を放置して保険給付することは、通所サービスの必要性そのものが問われる問題ではないのか?という疑問に適切な答えを出せなかったという結果でもあるのではないか?(勿論、一番の理由は宿泊の人員配置基準を設ける際に、人員確保が難しいという反対論があったことで、そのほかの理由も複合的に積み重なっている。)

国は当初、24年度の制度改正からお泊りデイの保険給付を実現するため、宿泊場所の設備基準を設ける準備として8000床分の宿泊設備を通所介護事業所に増設する基盤整備費のために100億円を23度予算に計上することを目指していたが、実際に予算案に盛り込まれたのは10億円の調査研究費のみとなった。しかもこの予算は「元気が出る日本特別枠」に計上されており、本予算から特別枠へ格下げになっているという意味であり、これにより事実上24年からの改正介護保険制度下でのお泊りデイに対する保険給付化は見送られたという見方が強い。

しかし厚生労働省老健局内部ではこの保険給付をあきらめていない人々もいることは事実で、現に2/19に行われた宅老所を全国に広める会の全国研修会「フォーラムin鹿児島」の中で、厚労省老健局振興課の川又竹男課長は「夜勤スタッフの確保の難しさなど、さまざまな問題があることを指摘する声が相次いだためモデル事業の縮小化など保険給付に向けた動きはトーンダウンしたが、(保険給付化を)しないわけではない。慎重にやると言っている」と述べている。

つまり改正法案の中身に関係なく、やろうと思えば、この保険給付化は可能なもので、実現性はゼロではないということだ。そうなれば新たな保険給付なのだから、ここにかけられるお金を捻出するために既存のサービスの給付費が削られる公算が高い。それが通所介護自体の現行報酬ではないという保障はない。つまり日中のサービス費を削って、夜間の保険給付に回すという考え方が有力だという意味である。

ところで、この保険給付化は「ショートステイの利用ができない地域で、通所介護のお泊りサービスが実質的に介護する家族の負担軽減をし、居宅生活を支えている」という理由によるものであると同時に、保険給付化することによって、人員配置や設備基準を定めることができ、保険外サービスのように何でもあり(男女混合雑居のような)のサービスではなく、一定基準以上の品質を担保しようという目的もあった。

このことについては保険給付と関係なく、東京都では独自基準を設け、それに基づく運営を求めているところである。(参照:東京都の独自基準に関するブログ記事

ここで問題となるのは、保険外でもそういう基準が作れるのだから、そのことを他地域でも検討して、保険給付化されなくとも「お泊りデイ」を推進すべきであるという声が高まることだ。

これって重要な視点が欠落しているのではないのか?

だってお泊りデイが必要な主たる理由が前述したように、「ショートステイの利用ができない地域で、通所介護のお泊りサービスが実質的に介護する家族の負担軽減をし、居宅生活を支えている」というなら、なぜ先にショートステイという社会資源を増やそうとしないのか?

それはとりも直さず、「宿泊」という形をプラスして通所介護サービスを経営した方が、ショートステイより収益が挙げられるという意味だ。

要介護3の利用者を例に挙げ考えてみる。

この場合、お泊り部分を500円以下に設定しても、宿泊前後の通所介護を「必然化」させればショートステイより収益は大きい。要介護3の場合、2日間の通所介護の介護給付費合計は基本報酬だけで1.802単位(通常規模、6-8事業所の場合、901×2)となる。これは単独型ショート多床室(個室より単価が高いので、こちらと比較する)の介護報酬が、1泊2日で1.756単位(878×2)より高くなる。

基本報酬だけでこの差が出るのだ。だから保険外の宿泊費を無料にしたって、保険給付費だけを見ればショートステイより割の良いサービスという意味になる。しかも通所介護が宿泊サービスをする場合、必然的に8時間を超えて10時間までの滞在時間は延長加算がつけられるので収益差はさらに広がる。

勿論ショートは利用者から別に食費と滞在費(施設利用者の居住費にあたる)を別途徴収できるが、食費は通所介護も同様に徴収するし、人員配置基準もショートより、デイのほうが医師や栄養士配置義務がない分人件費もかからないことを考えれば、やはりショートより「お泊りデイ」の方が収益を挙げることができるサービスといえる。

つまり「お泊りデイサービス」とは、実質ショートステイと同じサービスであっても、宿泊費を無料にしてもショートステイより儲かるのである。

だから単純に家族の介護負担を減らすためにお泊りデイを推進して、しかも宿泊日前後の通所サービス利用を条件にし、それによって一定期間、ほぼ毎日通所介護利用しながら「宿泊サービス」を利用させるということは、どんなに「福祉の増進」をキャッチフレーズにしても、実態としてそれは「儲けるための戦略」以外のなにものでもない。

本当に福祉社会の実現のために「必要な社会資源」としてこのサービスを考えているなら、宿泊することで通所利用者を囲い込んだり、泊まり前後のサービス利用を実質条件とするような内部ルールを設けてはいけない。

介護保険制度における居宅サービスは、民間営利企業が参入できるサービスなのだから、利益・収益を上げるための営業戦略自体は、それを否定するなにものもない。

しかし「福祉」という隠れ蓑をはおった形での営業展開はやめてほしい。そこで使われる「福祉」という言葉は、真実を覆い隠す仮面でしかない。そういう事業者は表看板から社会福祉や社会保障という文字を削ってほしい。

お泊りデイを最大の売り物に、全国展開する事業経営者が、自らを福祉のオピニオンリーダーのごとく喧伝する姿勢には大いに違和感を覚える。社会福祉ってそんなものなんだろうか?別に金儲けがうまい事は悪い事じゃあないんだから、福祉という金看板を前面に出すのはやめて、正直に、介護サービスに参入している経営センスのある企業家として自らを規定した方がよいのではないだろうか?

少なくとも彼らが「社会福祉活動家」として社会全体にアピールするならば、通所サービスを単なるレスパイトケア目的のサービスでない方向性を示すべきだし、ましてや日中、自宅から通わない通所利用の常態化を懸念する姿勢を持つべきである。単に長期間宿泊出来る通所サービスが必要であり、そのニーズに応えるというだけであれば「通所介護」そのものの存在意義を著しく削ぐものであることに気づくべきである。ここに思いが及ばないのであれば、現場を知らない政治家や役人と同じレベルであり、決して社会福祉活動家、社会福祉援助者、サービス実践者とは言えない。

なぜなら、この「お泊りデイ」によって、宿泊前後の必要性の乏しい通所介護利用が促進されれば、通所介護は本当に必要なサービスなのかという問題に行きついてしまう。通所介護が単なるレスパイトケアであれば、わざわざ高齢者が日中そこに通う意味と動機づけは存在しなくなる。

我々は介護サービスの現場で、目的がレスパイトケアである通所サービスにおいて、その利用目的をどのように利用者本人の計画に変換するかということ方法を模索し、その計画に基づいたサービスのあり方を考え続けてきたのに、「お泊りデイ」が家族負担を減らすために推奨される状況は「後退」「足かせ」以外のなにものでもないと感じている。これでよいのだろうか?

レスパイト目的ではなく、サービスを利用する高齢者自身が必要とするサービスを考えていかないと、通所介護は単純な「見守りサービス」で、通所リハビリだけが存続すればよいという結論に行きつくだろう。

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