このブログを読んでくださっている方は、ほとんどが善意の第3者であり、僕が書いた記事の内容に反対の意見を持ち、コメントを書いて下さる場合でも、建設的な意見として書き込んで下さる人が多い。

そういう場合は、素直にうなづいたり、考えなおしたりする場合もある。当然、そういう考えは自分とは相いれないと思うこともあるが、それはそれでよいと思っている。

そもそも僕自身は、自分の考えを誰かに押し付けるとか、レクチャーするつもりでブログ記事を書いているわけではない。よって反対意見があってもほとんど気にかけないしどうとも思わない。そういう意見に対して反論もしないことが多い。100人が全員同じ意見であることの方がどうかしているからだ。

そもそもこの場所は、僕の「思い」を歯に衣着せず、誰の干渉も受けず、ストレートに書く場所であり、最初から議論するつもりのない場所なので、表の掲示板のように反論することにエネルギーを使うつもりはないからである。今後もこの姿勢を変えるつもりはない。そういう意味では反対意見をコメントに書き込む人にとってみれば「糠に釘」なのだろうが、それはブログ作成者の自由なので納得してもらわねばならない。

しかし反対意見のコメントの中には、口汚く相手を罵る為だけを目的にしたものがある。いわゆる「反対のための反対論」である。そんなものもどうとも思わないが、何度もしつこく書きこんでくる人がいて滑稽になる。無駄な労力に対しては心から「ご苦労さん」といいたい。こんなことに無駄なエネルギーや、時間を使う暇があるなら他に何かすることができるだろと逆に可哀想になっちゃうのである。

先日「風呂に入れない監督責任をとれ!!」という記事を書いて、この中に「日直出勤は、溜まっていた仕事を片付けるのにはちょうど良い日である」と書いたら、このことを早速攻撃目標にして「日直の仕事をきちんとしないで溜まっていた仕事を片付けるという態度はけしからん」とコメントを寄せる輩がいる。そして長々とその後に記事に対する批判を書いているようだ。

「書いているようだ」というのは、そもそも面倒くさいので、最初の文章を読んでアラシだと分かるコメントは、それ以上読まないで無視して削除してしまうから、何を書いているのかよく知らないのである。そのアラシは、よほど暇な奴なのか、何度も同じコメントをコピペして送ってくる。こうなると僕は逆に面白い。どうぞ無駄な労力を続けなさいと思うだけだ。

反論はしないと書いたが、一応解説程度にその馬鹿なコメントの拙劣さを指摘すると、そもそも日直の仕事をきちんとしろというが、日直の仕事とは何ぞや?ということは、それぞれの施設による決めごとで、外部の人間がとやかく言える問題ではない。

当施設で言えば日直業務の定めは簡単に言えば「日中の電話対応と、窓口対応業務」である。よってこれを行っている限り、他の業務をしてはいけないということはなく、日常の溜まっていた事務作業を行うことは何ら問題ない。そういう決めごとに最初からしているのである。栄養士は栄養ケア計画の整理を、ケアマネはケアプランの確認を、事務職員は請求業務の処理を、それぞれの日直業務の中でこなしてよいのである。

だから何度も同じコメントを書き込んでくる輩の論理は最初から間違ったアンポンタンな意見なのだが、本人はずいぶん良い事を書いて、相手が反論できず、困っているとでも思いこんでいるのだろう。おめでたい人である。

こんな馬鹿馬鹿しい指摘を、正義感を気取ってコメントに書きこんでくる「さもしい人間」は、単に悪意のアラシに過ぎないのであるが、同時にそういうことでしか自らのストレスが発散できないことに対し、非常に気の毒に思う。コメントを受けている方は痛くも痒くもないのであるが、コメントを書いている輩は、それによって相手に相当程度のダメージを与えていると思い込んで溜飲を下げているのだろう。

さもしい精神であり、心貧しき人である。ただただお気の毒にと思うだけである。

どちらにしても、何を書いてよいか話題が浮かばなかった今日、しつこくバカなコメントを寄せてくる人間のおかげで一つ記事が書けたことについては感謝する必要があるんだろうか?

今日はあまり書くことが思いつかないままおかしな記事になったが、たまにはこういう日もあるということで、明日はもっと介護福祉に関連した『きちんとした記事』を書こうと思うので、ご勘弁いただきたい。

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