登別市の成人祭(成人式)は、市の施設ではなく「マリンパーク・ニクス」というテーマパークで行われる。

昨年の成人祭には長男を送って行った。雪の降りしきる日だったように記憶している。そして今年の成人祭は、今この瞬間に行われているが、そこにはまだ満年齢では19歳である早生まれの二男が参列している。

僕は今日仕事に来ているが、二男は一昨年運転免許をとり、昨年は車も買ったので、自分で会場まで出かけているはずだ。幸いにして気温は低いが空は晴れている。大人の階段を登る途中の大事なセレモニーだから、この日の記憶を胸に刻みつけてほしい。(運転には注意しろよ。)

二男が生まれたのは平成3年である。この時長男は1歳と6ケ月であった。年が近いためか、小学校1年生くらいまで、二男は長男への依存心が強く、なんでも長男の真似をして、長男の好みを自分の好みにして育っていった。小学校1年のときは通学も一人では出来ない状態だった。親にしてみれば心配であったが、時の流れと、人の成長とは偉大なもので、いつの間にか長男とは異なる「自我」を自ら作り上げ、立派な青年に育っていった。

長男は、僕と同じ福祉系の大学に進学し、今年4月に最上級生になるが、二男は、親や兄とは全く異なった電機系の専門学校に進学して、今年3月卒業する。僕自身は文系人間で、二男が資格試験等のため勉強している教科書やテキストを読んでもさっぱり意味不明で外国語かと思ってしまうくらいだが、考えてみれば僕の亡くなった父は、もともと科学技術者だったので、その血をひいているのかもしれない。

どちらにしても、いつの間にか親の力を借りずに自分で何でもできる「人」に成長していった。もちろんその考え方や、社会への順応度は、まだまだ未熟なところ頃も多いが、僕自身の二十歳前後と比べれば随分大人びているようにも思う。

学業もおろそかにしている気配はなく、必要な資格は一通りとったようだし、夏休みを返上してアルバイトに精を出して、自分で稼いだお金で運転免許もとった。現金なもので、免許をとった後は、お金を稼ぐ必要がなかったのかバイトはその後すぐやめたが、やめる際に「学生バイトでこれだけ仕事を任せることのできる人は過去になかった」とずいぶん惜しまれたようである。(本人によればバイトを辞めた最大の理由は、髪の毛を茶色に染めるのをとがめられるのが嫌だったようだ。せめて学生の間だけは茶髪にしたいんだろう)

実際に20歳になるのは3月であるが、良い点は煙草やお酒には全く興味がない点であろう。(お酒は少しくらい飲めるようになったほうが良いかもね。)

幸いにして、この就職難の時代に地元の企業に就職も決まっている。

自宅から近いから今までと同様、親と同居しながら社会人生活がスタートするが、本人は「ひとり暮らし願望」が全くないようである。飯を作る心配のない親元が一番便利だという。そのことを一番喜んでいるのは母親である。夫と二人きりで生活するのはよっぽど嫌なんだろう・・・。

来春、長男も無事大学を卒業して、希望する就職先が見つかることが今一番僕が望んでいることだ。そうすることで僕の親としての一応の責任も果たせるような気がする。

しかし振り返ってみると、子供が生まれ、その子を育てるということは、実は自分自身が子供によって成長させられているのと同じことであったように思うし、子育ては大変なことも多かったが、その何百倍の幸せを子供によってもらっている。彼らがいることが僕ら親の「生きがい」になっていることは疑いがない。

やがて彼らも、親元から離れて巣立っていくのであろうが、その心の準備をしなくてはならないのは、子供の方ではなく、親の方である。

どちらにしても、大人の階段を上りつつある子どもたちの成長に、ある種の寂しさも感じながら目を細めている「親ばか」が、ここにも約2名いるということである。

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