当施設は一般入所100名と、ショート12名の計112名定員のショート併設特養である。(そのほか居宅介護支援事業所と通所介護を併設している)
施設サービス部門に限って言えば、1983年に特養50名、ショート2名で新設オープンした後、1997年に増築計画が立てられ設計建築し、1999年4月から現在の規模で運営している施設である。だからいわゆる新型特養の個室・ユニットケアの考え方ができる前の施設であり、多床室を中心にした、従来型個室を36ベッド持つ「古いタイプ」の施設である。
そのためケア単位が大きいので、施設内を大きく4つのグループに分けて、それぞれ担当グループごとに介護職員を配置してケア単位を縮小化している。いわゆる「グループケア」というスタイルであるが、施設内では便宜上4つの「ユニット」と称している。よってこの記事内のユニットとか、ユニットケアとかいう文言は、12名程度を基本とした新型特養のユニットケアではなく、あくまで当施設の20数名単位のユニットケアと理解していただきたい。
それぞれのユニットには副主任ケアワーカーを1名ずつ配置し各ユニットの責任者としている。そして4つのユニット全体をまとめるのが主任ケアワーカーであり、ユーティリティーで業務につけるようにしている。各ユニットの勤務時間もそれぞれ業務実態に応じて定めており、例えば早出や遅出の勤務時間なども各ユニットにより全く違っている。それは主に利用者属性や、個別ニーズに合わせたサービスの提供方法の違いに対応するためである。
だから個別ケアの方法も、日課活動支援の方法もあくまでユニット独立型で、全体で同じレベルに合わせるのではなく、各ユニットで競い合って、よいサービスをその中で作り上げていくというのがコンセプトである。よって予算付けも決して平等ではなく、ユニット費というある程度自由に使える予算は、それを必要とするユニット、よいサービスを提供するユニットに手厚く渡すという結果になる。よい意味での競争を奨励しているのである。
しかしここで間違ってはいけないことは、競争を意識するあまり目的を忘れて「施設内民族主義」が生まれてしまい、自分の所属ユニットさえ良いサービスを作っておれば、他のユニットがどうなろうと構わないという考え方が生まれることだ。
ユニット間の競争はあくまで施設全体のサービスの低水準化とマンネリズムを防ぐためのものであり、その目指すところは施設全体で利用者の暮らしの質を高めて、そこに住まう人々の幸福に繋げることなのだから、この部分で特定ユニットだけの「秘伝」はあってはならず、良いケアをするためのノウハウやエビデンスが生まれた場合には、適切な情報伝達と教育がユニットを横断して行われねばならない。
ソーシャルワーカー(相談員)やケアマネジャー(介護支援専門員)は、こうした施設内民族主義が発生していないかを現場の中で常にチェックする役割を持ち、施設長はよりマクロな視点から全体のケアサービスの質を定期的に検証する役割を持つものだと考えている。
ところである研修会に出席した介護職員から、その研修会で研究発表した内容に感銘を受けたので、自分の施設に足りない「個別ケア」の方法を勉強するために、その施設に見学に行きたという希望が出された。そのこと自体は非常にポジティブな姿勢で、積極的に応援したいと思った。
ただよく話を聞くと、そこで感銘を受けた内容とは、当施設では既に実践されていることで、申し出た職員のユニットでやや取組が遅れている水準の問題であることに気が付いた。当該職員は「異職種」から転職した人で、介護サービスの現場を当施設の中でしか経験しておらず、かつ当該ユニットの中だけしか見えていない部分もあるのではないかと思い、他施設に見学して学ぶと同時に、施設内の他のユニットの方法を学んでみて、自分のユニットに取り入れることができるものがないか考えてみては?という宿題を同時に出した。
実際に、細かな部分でのユニット間格差をなくすために、よりレベルが高いユニットの方法に水準を合わせようとすることだけで、変わっていくものがあるだろうと思う。
他施設の良い点を積極的に学ぼうとする感性を持っている職員であるからこそ、何らかの答えを見つけてくれるだろう。
施設長の役割とは、そういう職員の思いを受け止め、感性を正しい方向に伸ばすことであって、決してそれを抑え込むことではないことだけは肝に銘じているつもりである。
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施設サービス部門に限って言えば、1983年に特養50名、ショート2名で新設オープンした後、1997年に増築計画が立てられ設計建築し、1999年4月から現在の規模で運営している施設である。だからいわゆる新型特養の個室・ユニットケアの考え方ができる前の施設であり、多床室を中心にした、従来型個室を36ベッド持つ「古いタイプ」の施設である。
そのためケア単位が大きいので、施設内を大きく4つのグループに分けて、それぞれ担当グループごとに介護職員を配置してケア単位を縮小化している。いわゆる「グループケア」というスタイルであるが、施設内では便宜上4つの「ユニット」と称している。よってこの記事内のユニットとか、ユニットケアとかいう文言は、12名程度を基本とした新型特養のユニットケアではなく、あくまで当施設の20数名単位のユニットケアと理解していただきたい。
それぞれのユニットには副主任ケアワーカーを1名ずつ配置し各ユニットの責任者としている。そして4つのユニット全体をまとめるのが主任ケアワーカーであり、ユーティリティーで業務につけるようにしている。各ユニットの勤務時間もそれぞれ業務実態に応じて定めており、例えば早出や遅出の勤務時間なども各ユニットにより全く違っている。それは主に利用者属性や、個別ニーズに合わせたサービスの提供方法の違いに対応するためである。
だから個別ケアの方法も、日課活動支援の方法もあくまでユニット独立型で、全体で同じレベルに合わせるのではなく、各ユニットで競い合って、よいサービスをその中で作り上げていくというのがコンセプトである。よって予算付けも決して平等ではなく、ユニット費というある程度自由に使える予算は、それを必要とするユニット、よいサービスを提供するユニットに手厚く渡すという結果になる。よい意味での競争を奨励しているのである。
しかしここで間違ってはいけないことは、競争を意識するあまり目的を忘れて「施設内民族主義」が生まれてしまい、自分の所属ユニットさえ良いサービスを作っておれば、他のユニットがどうなろうと構わないという考え方が生まれることだ。
ユニット間の競争はあくまで施設全体のサービスの低水準化とマンネリズムを防ぐためのものであり、その目指すところは施設全体で利用者の暮らしの質を高めて、そこに住まう人々の幸福に繋げることなのだから、この部分で特定ユニットだけの「秘伝」はあってはならず、良いケアをするためのノウハウやエビデンスが生まれた場合には、適切な情報伝達と教育がユニットを横断して行われねばならない。
ソーシャルワーカー(相談員)やケアマネジャー(介護支援専門員)は、こうした施設内民族主義が発生していないかを現場の中で常にチェックする役割を持ち、施設長はよりマクロな視点から全体のケアサービスの質を定期的に検証する役割を持つものだと考えている。
ところである研修会に出席した介護職員から、その研修会で研究発表した内容に感銘を受けたので、自分の施設に足りない「個別ケア」の方法を勉強するために、その施設に見学に行きたという希望が出された。そのこと自体は非常にポジティブな姿勢で、積極的に応援したいと思った。
ただよく話を聞くと、そこで感銘を受けた内容とは、当施設では既に実践されていることで、申し出た職員のユニットでやや取組が遅れている水準の問題であることに気が付いた。当該職員は「異職種」から転職した人で、介護サービスの現場を当施設の中でしか経験しておらず、かつ当該ユニットの中だけしか見えていない部分もあるのではないかと思い、他施設に見学して学ぶと同時に、施設内の他のユニットの方法を学んでみて、自分のユニットに取り入れることができるものがないか考えてみては?という宿題を同時に出した。
実際に、細かな部分でのユニット間格差をなくすために、よりレベルが高いユニットの方法に水準を合わせようとすることだけで、変わっていくものがあるだろうと思う。
他施設の良い点を積極的に学ぼうとする感性を持っている職員であるからこそ、何らかの答えを見つけてくれるだろう。
施設長の役割とは、そういう職員の思いを受け止め、感性を正しい方向に伸ばすことであって、決してそれを抑え込むことではないことだけは肝に銘じているつもりである。
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感動の完結編。
