このブログを、多くの介護福祉士有資格者の方々が見ていることを承知で、そしてそれらの方々の中にも優れた資質を持つ人が多いことも承知の上で、あえて挑発的な記事を書かせていただく。
ネット配信ニュースで『日本介護福祉教育学会は8月23日、東京都内で第17回大会を開催し、「介護福祉士の専門性の創造 新カリキュラムの現状と可能性を探る」と題して、講演会や研究報告を行った。』という記事を読んだ。
そしてしらけた気持ちになった。
介護福祉士の専門性って何だろう。そもそも介護福祉士に専門性があるんだろうか?介護福祉士が行っている行為は業務独占行為ではない。では家族と同じことを行って、介護福祉士が行った場合に、より優れた結果を出すというエビデンスを、この資格創設時点から20年以上経った今日まで確立してきたのか?
むしろ医療行為問題で議論になるように、インスリン注射等、同居家族が在宅で行うことができている行為を、介護福祉士は行うことができない。この状況で、家族以上の専門性が介護福祉士にあるなんて発言ができるのだろうか?
特にこの資格の専門性を疑うのは、医療行為議論の中で、胃婁等の経管栄養や痰の吸引を介護職員に行うことができる条件を議論している最中に、日本介護福祉士会等が「そんな行為を行えと言われても困る」という内容の意見書を出すなど、この問題に関して非常に消極的な姿勢を示したことである。
確かに医療行為そのものは、医療の専門家が行うべきで、介護の専門資格である介護福祉士がその行為主体になるというのは筋違いであると考えるのはある程度理解できる。しかし実際には、在宅で同居の家族が安全に行うことができている行為まで、それは介護の専門家の業務ではないと無下に断ることが彼らの専門性なのか?
特養で解禁された痰吸引や経管栄養の取り扱いも、医療行為の一部解禁ではなく、単なる違法性阻却として認められたに過ぎないが、それとて日本介護福祉士会は消極的姿勢であった。超高齢社会で国民が求めているニーズにさえ応えようとしない資格者団体に専門性などあるわけがない。
参照:「存在意義が問われる介護福祉士」・「介護福祉士に告ぐ」・「続・介護福祉士に告ぐ」
医療行為解禁議論の中で、現在、今年4月から特養で認められた介護職員による「痰吸引と経管栄養」についての違法性阻却を在宅などにも広げようと議論されている最中である。
僕に言わせれば、こんなことはまったく意味がない。二つの行為だけ、しかも医療行為からこれを外さず違法性を阻却するという条件で在宅に認めたとしても、違法性を阻却する条件のために膨大な書類が必要になるし、2つの行為で救えない在宅者は特養やグループホームにいつまでたっても入所できないという問題の解決にはならない。むしろ痰の吸引にしても、医師会が「医療行為から外せ」といっているんだから、そうすれば良いのである。そして同時に、家族が在宅で行って要介護高齢者を支えている実態があるインスリン注射等も「医療行為ではない」として介護職員等に認めるべきなのである。
医療行為を行うのは医師や看護師等の医療資格者であるべきだが、社会構造や時代のニーズが変化しているのに、医療行為の概念や範囲を旧態前のままで変えようとしないことの方がおかしいのである。
この時、介護福祉士が専門性を持つ有資格者であると主張するのなら、自ら積極的に国民ニーズに応える形で、医療行為から外すべき行為についての提言を行うべきであり、それを行わず、むしろ消極的である現実を鑑みれば「私達に専門性などありません。」と宣言すべきである。
ただでさえ今の介護福祉士の現状は、国家資格を持っていると言っても、国家試験を受けないで取れるルートもある資格でもあり、ソーシャルアクションの観点がなければとても専門性など声高らかに唱えられる資格ではないし、まったくもって評価は出来ないのである。
こうした状況下で、介護福祉士会はじめ、多くの介護福祉士有資格者の意識が変わっていかないと、いつかこの資格は時代から必要されない資格となり、別な資格が介護のスタンダードになってしまうぞ。そのことに早く気づくべきである。
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介護・福祉情報掲示板(表板)
ネット配信ニュースで『日本介護福祉教育学会は8月23日、東京都内で第17回大会を開催し、「介護福祉士の専門性の創造 新カリキュラムの現状と可能性を探る」と題して、講演会や研究報告を行った。』という記事を読んだ。
そしてしらけた気持ちになった。
介護福祉士の専門性って何だろう。そもそも介護福祉士に専門性があるんだろうか?介護福祉士が行っている行為は業務独占行為ではない。では家族と同じことを行って、介護福祉士が行った場合に、より優れた結果を出すというエビデンスを、この資格創設時点から20年以上経った今日まで確立してきたのか?
むしろ医療行為問題で議論になるように、インスリン注射等、同居家族が在宅で行うことができている行為を、介護福祉士は行うことができない。この状況で、家族以上の専門性が介護福祉士にあるなんて発言ができるのだろうか?
特にこの資格の専門性を疑うのは、医療行為議論の中で、胃婁等の経管栄養や痰の吸引を介護職員に行うことができる条件を議論している最中に、日本介護福祉士会等が「そんな行為を行えと言われても困る」という内容の意見書を出すなど、この問題に関して非常に消極的な姿勢を示したことである。
確かに医療行為そのものは、医療の専門家が行うべきで、介護の専門資格である介護福祉士がその行為主体になるというのは筋違いであると考えるのはある程度理解できる。しかし実際には、在宅で同居の家族が安全に行うことができている行為まで、それは介護の専門家の業務ではないと無下に断ることが彼らの専門性なのか?
特養で解禁された痰吸引や経管栄養の取り扱いも、医療行為の一部解禁ではなく、単なる違法性阻却として認められたに過ぎないが、それとて日本介護福祉士会は消極的姿勢であった。超高齢社会で国民が求めているニーズにさえ応えようとしない資格者団体に専門性などあるわけがない。
参照:「存在意義が問われる介護福祉士」・「介護福祉士に告ぐ」・「続・介護福祉士に告ぐ」
医療行為解禁議論の中で、現在、今年4月から特養で認められた介護職員による「痰吸引と経管栄養」についての違法性阻却を在宅などにも広げようと議論されている最中である。
僕に言わせれば、こんなことはまったく意味がない。二つの行為だけ、しかも医療行為からこれを外さず違法性を阻却するという条件で在宅に認めたとしても、違法性を阻却する条件のために膨大な書類が必要になるし、2つの行為で救えない在宅者は特養やグループホームにいつまでたっても入所できないという問題の解決にはならない。むしろ痰の吸引にしても、医師会が「医療行為から外せ」といっているんだから、そうすれば良いのである。そして同時に、家族が在宅で行って要介護高齢者を支えている実態があるインスリン注射等も「医療行為ではない」として介護職員等に認めるべきなのである。
医療行為を行うのは医師や看護師等の医療資格者であるべきだが、社会構造や時代のニーズが変化しているのに、医療行為の概念や範囲を旧態前のままで変えようとしないことの方がおかしいのである。
この時、介護福祉士が専門性を持つ有資格者であると主張するのなら、自ら積極的に国民ニーズに応える形で、医療行為から外すべき行為についての提言を行うべきであり、それを行わず、むしろ消極的である現実を鑑みれば「私達に専門性などありません。」と宣言すべきである。
ただでさえ今の介護福祉士の現状は、国家資格を持っていると言っても、国家試験を受けないで取れるルートもある資格でもあり、ソーシャルアクションの観点がなければとても専門性など声高らかに唱えられる資格ではないし、まったくもって評価は出来ないのである。
こうした状況下で、介護福祉士会はじめ、多くの介護福祉士有資格者の意識が変わっていかないと、いつかこの資格は時代から必要されない資格となり、別な資格が介護のスタンダードになってしまうぞ。そのことに早く気づくべきである。
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介護・福祉情報掲示板(表板)
日本酒や焼酎の利き酒の専門家は存在しますが、家族が自然と行っているのと同じ行為をし、家族が行うほうが良い結果が生まれる時もあるなかで、介護士は専門家と呼べるのでしょうか。
専門性など無くても、事務員だろうと運転手だろうと近所のおっちゃんだろうと、誰もが要介護者や認知症高齢者のケアが出来る事が、ケアを受ける人たちにとって、もっとも良いことではないでしょうか。
専門性を打ち出していけば、それに付帯してさまざまな天下り先団体が出来るとしか思えません。