大相撲は、高齢者施設にとって非常に身近なスポーツである。

毎回、本場所ごとに大相撲星取り大会というゲームが行われ、場所を通じて毎日、幕内力士の取り組みの勝敗予想をして、15日間の合計点で賞を争うからである。

成績上位者(得点の多い人)から優勝・準優勝・敢闘賞・殊勲賞、技能賞という各賞が授与され、賞状と記念品を贈呈する。ゴルフでもないのにブービー賞があるのは、いつも同じ人が賞の対象にならないようにするための配慮でもあり、このことは毎日の得点ルールにも反映されており、例えばボーナス点として3点(通常の取り組みは正解が1点)与えられる取組を2番作って、偶然性が得点獲得の大きな要素になるように配慮している。

参加者は希望者のみで、施設内の高齢化に伴い、年ごとにその数は減ってはいるが、それでも入所者の3割弱の方が参加し、毎日の取り組みに一喜一憂している。星取り大会に参加しない人であっても、それらの人々とテレビで大相撲観戦すれば、当然のことながら熱気が伝わりテレビの前では大きな歓声がわきあがったり、おおいに盛り上がる。特養では、なくてはならないゲームである。

ところが、その大相撲が揺れに揺れ、7/11から始まる名古屋場所の開催さえ危ぶまれている。

批判を覚悟であえて本音を書くが、正直僕は、ゴルフの「握り」や、花札や麻雀の賭けなどは金額が大きかろうと「仕方ないだろうな」「さほど問題視しなくてもよいのではないの」と思う。自分自身、賭け事とは無縁で現在まで生きてきたかと問われれば、それは否であり、現在はパチンコも麻雀も賭け事というものの一切を行う趣味もお金もないが、過去には公営ギャンブル以外の賭け事を行っていたこともある。

例えば仲間内の麻雀や花札でお金をかける、なんてことは学生時代には流行っていたし、普通のことだった。中学生のころだって田舎で遊びの少ない僕らの地域ではトランプのポーカーゲームで小遣いを賭けるのは常識であった。もちろん金額は可愛いものだが、それも違法と言われればいい訳ができない。
(ただし一時の娯楽に供するもの、については違法行為とはならないとされているが、どこまでがその範囲かの判断は難しく、判例による解釈しかない。)

社会人となった後も、花札でお金を賭けて、そのたまったお金で飲み会をしていたこともある。このことで言えば、僕は人の批判はできない。

しかし野球賭博となると話は別である。野球賭博に胴元がいて、それが暴力団と深く関わりがあるということくらい常識であろう。特に野球が好きな人なら、プロ野球の「黒い霧事件」を知らない人はいないだろう。あれも野球賭博に関わって、わざとゲームに負けるように八百長が行われていたということで何人かの有名プロ野球選手が球界から永久追放されている。(事の真相はいまだに闇の中という部分が残されている。)

そういう意味では、暴力団に関係するゲームに関わっていた力士は、単純に花札や麻雀の賭けに関わっていた力士とは分けて考えられるべきではないかと思う。個人的には暴力団と関係が深い野球賭博を行っていた師匠や力士は解雇になっても仕方がないと思う。そういう厳しい対応からしか新しい相撲協会は生まれないだろうし、国技としての発展もないだろう。

そもそも地方巡業を始めとした興行の形態が古すぎて、暴力団が興行を仕切る、という形ができやすい体質が問題である。

かつて芸能界も地方興行に同じような体質があったが、チケット販売の専門業者によるインターネット等を使った集客方法に替ることによって、この体質は大きく変化してきている。この根底部分を相撲協会も変えて行かねばならないのではないだろうか。

国技というなら、暴力団との関係はこの際、徹底的に絶たねばならないと思う。

どちらにしても、特養の利用者にとって、本場所が開かれない事態になれば、楽しみが一つ減ってしまうということになってしまう。大変残念なことである。

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