数年前の話である。とある昼下がり、廊下を歩いていると清掃員から「施設長、ちょっと困っているんです。話を聞いてください。」と呼びとめられた。

何かと思うと「昨日ショートで入ったAさんが部屋の掃除をさせてくれない」というのである。

当施設の館内清掃は、介護職員等とは別に清掃員を雇用して、これらの従業者が清掃全般を担当しているのだが、その一人からの訴えである。しばらく話を聞くと、最初に部屋を掃除しようと思って訪室した時から「掃除なんてしなくてよい」と拒否的で、部屋に入れないというのである。

Aさんはその時が初めてのショート利用で、要介護度2である。(旧判定ルール)速度は遅いが歩行も杖を使って可能で、特養の中では自立度は高い方である。排せつや入浴等には一部支援が必要な状態だが、認知機能の低下は見られない。ただ性格的に頑固な面があり、女性を蔑視する傾向がその言動からみられる。居宅で奥さんと二人暮らしであるが、家事はすべて奥さんが行っていたようで、今回、奥さんが腰痛で家事やAさんの身の回りの世話に対して疲労感とストレスを感じて、このままでは在宅介護が継続できなくなる恐れが出てきたので、一時的な休養をとり、できれば今後の定期ショート利用につなげたいというケースであった。当然のことながら、Aさん自身はショート利用の必要性を感じておらず、できればずっと自宅で過ごしたいという思いを持っているが、奥さんが腰痛で動けないということで、担当ケアマネにも「頼まれた」から渋々ショート利用した、というケースである。

どうしてAさんが掃除を拒否するのかを紐解くために、最初に掃除をしようとした時のことを詳しく聞いてみたところ、以下のような状況が浮かびあがった。

清掃員「あのお部屋の掃除に来たんですが」
Aさん「掃除?掃除なんかいいよ」
清掃員「でも仕事ですから、それに綺麗になったほうが気持ちがいいですよ」
Aさん「いいって。掃除なんかしてもどうにもならん」
清掃員「でも埃があると体にも悪いですから、綺麗にしましょう」
Aさん「綺麗にしたって同じことだ。家に帰れるわけでもない」
清掃員「でも私の仕事ですから」
Aさん「ほっとけって。」
清掃員「でも・・・。」
Aさん「うるさい!帰れ!」

ざっと振り返ると以上のような状況である。清掃員とAさんは、この時が初対面で、この場面から関係がスタートしているといってよい。その時清掃員が「掃除をしたい」と言うと、Aさんは「掃除なんかしなくたってよい」と応じて「やりとり」が始まっている。清掃員はこの答えに対して「でもした方が良い」とやりかえし、Aさんは「しなくてよい」と再度やり返している。つまりここで清掃員が口に出している言葉は、結果的に最初の挨拶以外はすべてAさんにとって「NO」という拒否の言葉になっており、両者のコミュニケーションは「やりあいバトル」という結果に終始しているといってよい。

つまりこの関係スタート場面で、ある種の「ボタンの掛け違い」から言葉の戦いが始まり、わずか1〜2分の間に両者は「対立関係」となってしまっているように思う。これではショート初回利用のAさんが、心を開いて素直に自らの部屋の掃除を受け入れることにはならないだろう。

Aさんは「綺麗にしたって同じことだ。家に帰れるわけでもない」と言っている。つまりAさんは清掃員が憎いわけでも、掃除が嫌なわけでもなく、きっと自分の意思に反したショート利用を「強要された」と思い、そのことを不満に思って、たまたま部屋を訪ねた清掃員に、その不満を聞いてもらいたかったのではないだろうか。なぜなら初回ショート利用のAさんにとって、施設職員はすべて同じ職員で、相談員とか、看護師とか、ケアワーカーとか、清掃員も同様の存在であり、自分の訴えを聞くべき職員であるからである。

つまりAさんの「掃除なんかしなくてよい」という「嫌だ」という感情表現は、実は「自分の不満を聞いてほしい」という訴えであり、それは「自分の気持ちを分かってほしい」「誰か今の状況を説明してくれ」「どうして俺はここにいなきゃならないんだ」という訴えではなかったのだろうか?

このケースの場合、対応した職員が「清掃員」であり、部屋の掃除のために訪室したという状況があるが、Aさんの本当の訴えに耳を傾ける前に、一種の対立関係が生じてしまったことによって、掃除までできなくなってしまったケースである。

いったんこうした対立関係が生じてしまうと関係修復は非常に難しく、時間がかかる問題であり、少なくとも「援助関係」を構築しなければならない専門職は、こうした場面で対立関係を生じないように、利用者の訴えに「理解的態度」を持って、その訴えの本質を聞き取ろうとする常日頃からの配慮が必要である。

「嫌だ」という言葉は、背後に「助けて」という意味が含まれているかもしれないことに思いを及ぼすべきである。

ところで、その後様々な関係修復のための試みを行った結果、現在のAさんは・・・。数年経た今も自宅でお元気に暮らされ、定期的にショート利用を続けている。ショート利用中は、かの清掃員に「あれやこれや」と指図しながら、いまでは清掃を拒否することはない。時折「掃除が行き届いていない」と怒られることはある・・・。誰がって?当然施設長が怒られ役である。

その時に「最初は掃除しなくていいっていったでしょ」なんてことを言うほど人は悪くないのである。

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