桜並木2010遅れていた桜の開花の時期がやってきた。登別温泉に続く道道の桜の今日の咲き具合を撮影した画像を貼り付けておく。おそらく今週末は天気もよさそうなので「桜のトンネル」も満開になり見ごろだろう。週末は登別がお勧めスポットである。桜2010

さて昨日の記事で我々が目指すべき自立支援とは、「自律支援」という意味の方が適しているのではないかと書いた。

それは人の価値とは「他からの支配や助力を受けずに、存在すること」であるとは限らず、むしろ最期の瞬間までそうした存在でいられる人の方が少なく、何らかのやむを得ない要因により「自分でできる能力」を失ってしまうような状態になっても「人としての価値」は決して失われるものではなく、尊厳ある人間として生き続けるものであるからだ。

「行為」としての自立を失ったときでも「自分自身で立てた規範に従って行動する」という自律が保障されている限り、人間は人間として生き続けることができるものであり、それは人に頼る・委ねるという選択権を持つことの素晴らしさを意味している。

つまり社会とは、人間同士が支えあう集合体であり、共立できる存在としての人間の尊さが存在し得る、という意味である。

そのことについて、先日の東京都北区ケアマネジャーの会総会の基調講演では「看取り介護」の対象となったある70代のご婦人の事例を紹介して、彼女から我々が学んだことを紹介した。

彼女は、末期がんの告知を受け、自らの意思で医療機関を退院し施設にもどって「看取り介護」を受けていた方であるが、病気にむしばまれた肉体が衰えて行く過程で、自ら可能となる行為が失われていくことに絶望し、亡くなられる10日前に便失禁をするようになり、夜中に排せつケアを行う介護職員に何度も「すまない、申し訳ない」と言い続け、朝起きてからも「昨日はごめんなさい。汚いものの世話をさせて本当にすみません」と涙を流し、精神的な激しい落ち込み時期に入った。

その時、我々に彼女を救う術は見つけられなかったが、ただできることは彼女の恐れおののく感情を否定せず、心配しなくてよいとか、気にしなくてよいとかいう言葉を機械的にかけることをやめ、ただひたすら最期まで我々が側にいるから安心してほしいという言葉をかけ続けた。

やがて亡くなる3日前に彼女は激しい落ち込み期を脱して、精神安定の兆候が見え始めた。それは彼女自身が「自分ですべてできるだけが人間の価値ではない。」と感じ、「自分でできない部分を任せても安心な場所に自分がいる」と感じることができ、自らの選択で施設に死にゆく場所を求めて帰ってきたことを思い返して「 自らの意思で委ねることができる、という選択性があり、自分でその決定ができる限り私は私であり続ける。 」と感じたからではないだろうか。

そして彼女は「皆さん、私に最期まで付き合ってくれてありがとう。ここに帰ってきてよかったわ」という言葉を最期に残して旅立って逝かれた。

我々が確信を持って言えることは、その時彼女は「自立」を失っても「自律」は失われなかったということである。

ところでこの場合、認知症のように自ら意思決定ができない状態の人が「看取り介護」の対象になった場合、それらの人々は「自律」さえも失ってしまうのかという問題である。その答えは「否」である。

なぜなら我々は、それらの方々の代弁者としてアドボケイトの視点を持つ援助者であるはずで、我々がそれらの人々の「思い」に真剣に寄り添って、その「願うであろう」暮らしの実現を目指す限り、自ら決定できない状況の人にも自律支援は可能であるからである。それができるか否かが専門家としてのアウトカムである。

そしてそれが実現できる援助者とは、同時に「傍らにいることを許されたもの」という意味を持つ。果たして我々はそれらの方々の傍らに寄り添うことができる存在だろうか?そのことを常に問いかける援助者であらねばならない。

ホスピス・緩和病棟で「いつも傍らに誰かがいると、痛み止めがいらなくなるのよね。 」という声を関係者から聞くことがある。これは何を意味するのか?我々は人の存在そのものの力を信じて、人として傍らにいることが許される者になるために、人として大切なものを探し続けながら専門援助場面に関わることが必要だろう。

勘違いしてはいけないのは、我々介護支援者は、利用者の傍らに「いてあげる」のではなく、利用者に必要な存在として傍らに寄り添うことを受容されるべき存在であるということなのである。

※蛇足であるが、今回の東京北区ケアマネジャーの会の後に、ネット検索したところ、gitanistさんが書いた「masaさんの講演を聴いて」というブログ記事にヒットした。彼、なかなかのイケメンとお見受けしているが、若いわりに(多分)しっかり自分の考えをお持ちで、なかなか硬派の優れた支援者とお見受けしている。コメントも結構辛口であるが、筋が一本通っている。若い頃の僕に似ていると感じた。もちろん容姿は向こうが数段上であろう。

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