特養において介護職員により実施できる「行為」の拡大議論の中で実施が決まった「喀痰吸引」「経管栄養」モデル事業が、厚生労働省の補助を受けた日本能率協会総合研究所により21年9月〜12月中旬まで全国各地の特養で実施される。

道内でこのモデル事業を実施する特養は4施設である。この中には僕が20数年前の学生時代に実習でお世話になった施設も含まれている。

8/20付の北海道医療新聞社の介護新聞ではこれら4施設のモデル事業に向けてのコメントを記事にしている。その内容は以下のとおりである。(8/20同紙の8面記事から引用)

「現在も胃婁の待機者は多く、医療的対応の必要なケースが増える。モデル事業実施で来春以降、介護職が対応できれば、重度化した高齢者に対して間口を広げられる。」(新篠津福祉園)

「入所者は重度化し、特養の現状は命を支える介護を行っている。モデル事業は介護職に命を預かっていることを再認識させる機会にもなる。」(シャリテさわら)

「これまで特養で対応できない重度者は、療養型にみてもらえたが、最近はなかなか受け入れてくれる病院がない」(札内寮)

「介護職ができる医療的行為がどこまでなのか、明確になることで教える側も教わる側もきっちりできる。」(釧路北園啓生園)

以上のように極めてこのモデル事業に肯定的なコメントばかりである。さらに紙面では同誌の取材の結論なのか「これまで必要に迫られ行ってきた行為のグレーゾーンがなくなると歓迎する。」と結んでいる。

これを読んだ一般読者は、このモデル事業を経たルール変更によって、特養の間口が大幅に広がって、介護職員の守備範囲が広がり、多くの要医療対応者の受け入れが可能となるような印象を受けるだろう。

しかしこのモデル事業で検証される介護職員による実施行為の拡大議論の実態は「医療行為解禁議論の笑える結論」で示した通り中途半端で問題解決には程遠い結論であり、しかも介護福祉士の社会的使命を否定して、医療行為解禁に反対する看護協会は逆に「指導看護師」という新たな資格を手に入れるというお粗末な結果さえも生んでいる。
(参照:介護福祉士に告ぐ。   続・介護福祉士に告ぐ。

しかもモデル事業とはいっても、これはセレモニーで、既定方針の決定のためのアリバイ作りに過ぎない。よって介護職員ができる行為がこのモデル事業で変更されることはなく、検証される行為も検討会の結論であるところの以下の行為でしかない。それは、

1.喀痰吸引→、吸引できるのは肉眼で確認できる口の中だけで、鼻や気管切開した部分は対象外。

2.経管栄養→介護職員ができる行為としてモデル事業で検証される行為とは「注入中の観察・注入後の頭部の状態維持・看護職員への結果報告・片づけ・記録」であり、チューブの接続や流動食の注入は対象外で今までと同様看護職員だけが行う。

よってこのモデル事業で結果が肯定されるであろう喀痰吸引と経管栄養の介護職員に出来る行為の拡大によって、紙面でコメントしているように特養の間口が大きく広がったり、介護職員が命を預かる行為に大きく関われるようになったり、医療行為のグレーゾーンがなくなったりすることはあり得ない。特に経管栄養では濃厚流動食の注入やチューブ交換(体につながっていないタンクのチューブ)が介護職員に認められていないのに、これによって胃婁増設の方を受け入れる間口が広がるという認識自体に首をかしげざるを得ない。モデル事業で検証される行為の内容をわかっていての発言とはどうしても思えないのである。

このモデル事業の結果は単に、口の中の吸引だけは介護職員ができるようになったに過ぎず、逆に経管栄養の「注入中の観察・注入後の頭部の状態維持・看護職員への結果報告・片づけ・記録」などが新たに検討されねばならないような行為であるなら、医療行為中の姿勢保持の援助・観察や記録・報告はすべて本来介護職員ができないのかというグレーゾーンが広がる結果ともいえるものである。ばかばかしいにもほどがある。

よって同紙の報道や各モデル事業実施予定施設のコメントは、担当者がそう言ったという事実ではあったとしても、この問題の「真実」ではないし、逆にこうした報じ方では問題の本質が隠されてしまう恐れがある。

このモデル事業の意味について、僕がコメントするとしたら『モデル事業は医療行為の一部を介護職員に手渡すという議論の中では、今まで全てが否定されていたものが、ごく一部であるが公の議論の俎上に上り、その中でごく一部の行為が介護職員にも可能であると認められたという「第1歩」としての意味がある。しかしそれは問題の解決にはまだまだ程遠い内容で、解決に向けたスタートラインから足を踏み出したという意味に過ぎず、これからさらに介護職員ができる行為を拡大していくことが超高齢社会のニーズに応える特養のあり方には必要不可欠である。』というものになるだろう。

モデル事業実施4施設の取材を受けた担当者がどのような状況で、どんな意図を持って答えたのか知る由もないが、結果としての報道記事は、根本解決になっていない問題の本質に全く触れず、これによって特養のサービス現場の問題が大きく改善されるような誤解を与える内容でしかないと思う。

モデル事業実施施設と、その事業を伝える側双方の見識が問われる問題ではないだろうか。

介護・福祉情報掲示板(表板)

(↓1日1回プチッと押してね。よろしくお願いします。)
人気blogランキングへ

にほんブログ村 介護ブログ

FC2 Blog Ranking
(↑上のそれぞれのアドレスをクリックすれば、このブログの現在のランキングがわかります。)