昨日午後から登別グランドホテルで「平成21年度日胆地区老人福祉施設職員研究大会」が2日間の日程で開催されている。
今日2日目は、各施設からの研究発表(実践発表)が行われているはずであるが、それに先駆けて1日目は僕が「介護施設における終末期ケアの視点 〜安心して暮らすための看取り介護〜」というテーマで講演を行った後、各職種別分科会が行われた。
僕は講演終了後、相談員の分科会にアドバイザーとして参加し、夜の懇親会にも参加させてもらった。同ホテルに1泊した後に、2日目の大会は参加せず今朝通常出勤している。
(※夜2次会も参加しようと思ったが、部屋に帰ると、ファイターズVSホークスの首位決戦の真っ最中、しかもファイターズ逆転の場面に遭遇して、すっかりテレビにくぎ付けになって、そのまま外出しなかった。おかげで首位に0.5ゲーム差に迫って喜んでいる。ピンドルさんも見ていただろうか・・。函館決戦のリベンジであった。)
人前で話をすることは不慣れではないが、しかし自分が所属する地区で、同じ業界関係者を対象にした講演は勝手が違って「やりずらさ」がある。なぜなら受講者の中には、右も左もわからない若いころからお世話になった諸先輩が少なからず含まれているからで、自分がいくら生意気なことを言っても、若いころの「暴走的行動」や「青い主張」をすべて見られ、知られているので、壇上からそれらの方に向けて発言するのは恐縮するし、恥ずかしい思いもある。
「ずいぶん偉そうなことを言うようになったわい」と思われているかもしれないが、それもこれも諸先輩方の指導や助言・叱咤激励の成果であるとご勘弁願いたい。
昨日もそれらの方々から、相も変わらず暖かい言葉をいただき、この地域でこの仕事に係ることができたことを改めて感謝している。僕が新人当時、この地域の老人福祉施設の相談員は地区老施協の中で独自の部会「指導員部会」をつくり(当時は相談員ではなく職名は生活指導員が普通であった)、職場・所属を超えて横のつながりが強かった。年齢にも関係なく、老人福祉施設(当時は特養、養護、軽費が主)の相談員として他施設の諸先輩方に遠慮なく意見を聞いたり、お願いができたりする雰囲気があった。
当時、そのことを特別なことではなく、ごく当然のように思っていたが、今現在、この地区に当時のような相談員の組織活動や横の関係構築がない現状をみると、それは当時の先輩方が作られた大変貴重な場であったとあらためて考えている。今、そういうつながりを失ってしまった若い相談員の皆さんは、他施設の諸先輩の意見を聞く機会が減っており、そのことは非常に残念である。
あのころ、この日胆地区であのようなエネルギーの高い部会が運営されていたことが今の僕に強く影響していると思うが、当時のそのエネルギーの源は何だったんだろう?どちらにしてもその時期に、この地区で職を得たことは幸運であったと思う。
さて昨日は講演後に相談員の分科会で、若い人々の意見を聞く機会を得たが、意外に感じたことは、「看取り介護」に関して、この加算算定を行っている施設、看取り介護に取り組んでいる施設が、いまだに少数派であるということである。
その理由も様々だろうが、主な理由として、看取り介護に必要な設備(個室や家族宿泊室)がないという点と、協力してくれる24時間対応の医療機関が見つからない、という理由が挙げられていた。
前者は、少なくとも特養には静養室があり、ここで個室対応することは認められており、特養が生活施設として存在する意義は、終生施設としての意味があることを考えると、設備を理由にした看取り介護への消極姿勢は特養自体の存在意義を問われる由々しき見識だろうと思った。設備が古くとも、考え方を変えて新しい発想をすれば「しつらえ」の工夫は何でもできる。若い相談員がまず「できない」理由を考えているのは少しさびしかった。そういう意味での我々が「指導員部会」を作って、諸先輩に食ってかかるような議論をしていた当時より、相談員も上品でおとなしい人たちが増えている分、エネルギーや情熱が低下しているように感じてしまった。
後者の医療機関との連携問題は深刻である。特にこの地域の郡部では診療所が閉鎖され、医療機関が地域に一つもないところも出現している。今、医療機関がある地域でも医師一人で診療所を経営し、その医師の高齢化が進んで後継者がいない地域もある。看取り介護の時期が積極的な延命治療が必要ではないといっても、安心・安楽のための医師の介入は不可欠であり、この連携構築の問題は大きな要素である。これを何とかしないと特養の終生施設機能が生かせない恐れがある。
しかも別の角度からそのことを考えると、地域の中の医療機関がなくなりつつある問題は、特定地域では「医療機関での死」が必然的に減らざるを得ない、という意味でもあり、死に行く場所として医療機関を選択できる確率が減るということである。そういう中で存在する特養は、死期が近い人々を単に「特養でケアを続けるための医療機関連携が難しい」という理由で、医療機関へ利用者をゆだねる状況さえ今後は難しくなることを意味している。
そのことに対する対策を考えているのか。それはまさに特養では施設長だけではなく、相談員(ソーシャルワーカー)が中心になって対応せねばならない問題であり、医療機関で死ねなくなる社会に、介護施設がどのように対応して、利用者を見送るのか、という視点を真剣に考慮しなければ死に場所さえ見つけられない高齢者が出現してしまうであろう。
さて今週末から3連休である。しかし僕は明日も勤務なのであまり関係はない。江別市に住んでいる長男が、土曜に室蘭で行われる「新日本プロレス」を女房と二人で見に行くため今晩帰ってくるのが少しだけ楽しみである。土曜の夜はプロレスに興味のない二男と二人で夕食でも作ろうか。
今週初めに急に依頼を受けた原稿(特養の重度化に関する内容)についても、締切はお盆明けといわれたが、スケジュールが詰まっているので、今週末にも仕上げたいと思う。月曜は長男を送っていかねばならないし、休息はとれそうにない。
休みが取れる皆さんは十分楽しんでいただきたい。
介護・福祉情報掲示板(表板)
(↓1日1回プチッと押してね。よろしくお願いします。)
人気blogランキングへ
にほんブログ村 介護ブログ
FC2 Blog Ranking
(↑上のそれぞれのアドレスをクリックすれば、このブログの現在のランキングがわかります。)
今日2日目は、各施設からの研究発表(実践発表)が行われているはずであるが、それに先駆けて1日目は僕が「介護施設における終末期ケアの視点 〜安心して暮らすための看取り介護〜」というテーマで講演を行った後、各職種別分科会が行われた。
僕は講演終了後、相談員の分科会にアドバイザーとして参加し、夜の懇親会にも参加させてもらった。同ホテルに1泊した後に、2日目の大会は参加せず今朝通常出勤している。
(※夜2次会も参加しようと思ったが、部屋に帰ると、ファイターズVSホークスの首位決戦の真っ最中、しかもファイターズ逆転の場面に遭遇して、すっかりテレビにくぎ付けになって、そのまま外出しなかった。おかげで首位に0.5ゲーム差に迫って喜んでいる。ピンドルさんも見ていただろうか・・。函館決戦のリベンジであった。)
人前で話をすることは不慣れではないが、しかし自分が所属する地区で、同じ業界関係者を対象にした講演は勝手が違って「やりずらさ」がある。なぜなら受講者の中には、右も左もわからない若いころからお世話になった諸先輩が少なからず含まれているからで、自分がいくら生意気なことを言っても、若いころの「暴走的行動」や「青い主張」をすべて見られ、知られているので、壇上からそれらの方に向けて発言するのは恐縮するし、恥ずかしい思いもある。
「ずいぶん偉そうなことを言うようになったわい」と思われているかもしれないが、それもこれも諸先輩方の指導や助言・叱咤激励の成果であるとご勘弁願いたい。
昨日もそれらの方々から、相も変わらず暖かい言葉をいただき、この地域でこの仕事に係ることができたことを改めて感謝している。僕が新人当時、この地域の老人福祉施設の相談員は地区老施協の中で独自の部会「指導員部会」をつくり(当時は相談員ではなく職名は生活指導員が普通であった)、職場・所属を超えて横のつながりが強かった。年齢にも関係なく、老人福祉施設(当時は特養、養護、軽費が主)の相談員として他施設の諸先輩方に遠慮なく意見を聞いたり、お願いができたりする雰囲気があった。
当時、そのことを特別なことではなく、ごく当然のように思っていたが、今現在、この地区に当時のような相談員の組織活動や横の関係構築がない現状をみると、それは当時の先輩方が作られた大変貴重な場であったとあらためて考えている。今、そういうつながりを失ってしまった若い相談員の皆さんは、他施設の諸先輩の意見を聞く機会が減っており、そのことは非常に残念である。
あのころ、この日胆地区であのようなエネルギーの高い部会が運営されていたことが今の僕に強く影響していると思うが、当時のそのエネルギーの源は何だったんだろう?どちらにしてもその時期に、この地区で職を得たことは幸運であったと思う。
さて昨日は講演後に相談員の分科会で、若い人々の意見を聞く機会を得たが、意外に感じたことは、「看取り介護」に関して、この加算算定を行っている施設、看取り介護に取り組んでいる施設が、いまだに少数派であるということである。
その理由も様々だろうが、主な理由として、看取り介護に必要な設備(個室や家族宿泊室)がないという点と、協力してくれる24時間対応の医療機関が見つからない、という理由が挙げられていた。
前者は、少なくとも特養には静養室があり、ここで個室対応することは認められており、特養が生活施設として存在する意義は、終生施設としての意味があることを考えると、設備を理由にした看取り介護への消極姿勢は特養自体の存在意義を問われる由々しき見識だろうと思った。設備が古くとも、考え方を変えて新しい発想をすれば「しつらえ」の工夫は何でもできる。若い相談員がまず「できない」理由を考えているのは少しさびしかった。そういう意味での我々が「指導員部会」を作って、諸先輩に食ってかかるような議論をしていた当時より、相談員も上品でおとなしい人たちが増えている分、エネルギーや情熱が低下しているように感じてしまった。
後者の医療機関との連携問題は深刻である。特にこの地域の郡部では診療所が閉鎖され、医療機関が地域に一つもないところも出現している。今、医療機関がある地域でも医師一人で診療所を経営し、その医師の高齢化が進んで後継者がいない地域もある。看取り介護の時期が積極的な延命治療が必要ではないといっても、安心・安楽のための医師の介入は不可欠であり、この連携構築の問題は大きな要素である。これを何とかしないと特養の終生施設機能が生かせない恐れがある。
しかも別の角度からそのことを考えると、地域の中の医療機関がなくなりつつある問題は、特定地域では「医療機関での死」が必然的に減らざるを得ない、という意味でもあり、死に行く場所として医療機関を選択できる確率が減るということである。そういう中で存在する特養は、死期が近い人々を単に「特養でケアを続けるための医療機関連携が難しい」という理由で、医療機関へ利用者をゆだねる状況さえ今後は難しくなることを意味している。
そのことに対する対策を考えているのか。それはまさに特養では施設長だけではなく、相談員(ソーシャルワーカー)が中心になって対応せねばならない問題であり、医療機関で死ねなくなる社会に、介護施設がどのように対応して、利用者を見送るのか、という視点を真剣に考慮しなければ死に場所さえ見つけられない高齢者が出現してしまうであろう。
さて今週末から3連休である。しかし僕は明日も勤務なのであまり関係はない。江別市に住んでいる長男が、土曜に室蘭で行われる「新日本プロレス」を女房と二人で見に行くため今晩帰ってくるのが少しだけ楽しみである。土曜の夜はプロレスに興味のない二男と二人で夕食でも作ろうか。
今週初めに急に依頼を受けた原稿(特養の重度化に関する内容)についても、締切はお盆明けといわれたが、スケジュールが詰まっているので、今週末にも仕上げたいと思う。月曜は長男を送っていかねばならないし、休息はとれそうにない。
休みが取れる皆さんは十分楽しんでいただきたい。
介護・福祉情報掲示板(表板)
(↓1日1回プチッと押してね。よろしくお願いします。)
人気blogランキングへ
にほんブログ村 介護ブログ
FC2 Blog Ranking
(↑上のそれぞれのアドレスをクリックすれば、このブログの現在のランキングがわかります。)


感動の完結編。

そしてこのような横のつながりの会を企画して催すのですが、なかなか若い連中の参加が無いのが気がかりです。
自分の頃は金なんか無くてもとりあえず行けば何とかなるっていったもんなんですが。。。
もうわれわれのような感覚は「古い」のでしょうかね?