介護サービスに対する考え方が施設全体で統一され、一糸乱れず、全職員が確固とした意識を持って取り組むことは理想であるが、マクロな部分では意思統一が出来ているとしても、細部では様々な意見の相違がある。

このことは僕の施設でも同様である。

だからといってトップダウンで、すべて僕の考えを押し付けて、反対意見を持つ職員の考え方をすべて否定し封じ込めてしまっては、現場の職員の想像力と創造力は生まれない。

もちろんどうしても必要な場合は最終判断として指示命令する場面もあるが、理想を言えば、すべて話し合いで共通理解を得た上で決定するに超したことはない。ここは難しいところであり、個別の事案でそれぞれ考える以外ない。

ときによっては結論を先送りして、ファジーな部分を残しておく方がよいときもある。僕を含めて誰にも最善が見えない場合や、その判断がつかない場合は多数決で決めるべき問題ではなく、曖昧さの中から真実を見つけ出す努力を継続した方が良い場合があるからだ。

特に人の生活に関わる部分では結論を出せない事柄が多い。個人の生活の専門家など、その人自身しかなり得ず、個人の価値観は様々で、そのことを否定するなにものも存在しないからである。

ところで現在、看取り介護を巡って、僕と看護職員間で意見を違えている問題がある。それは絶飲食者に対する食べ物の提供の問題である。

ここで勘違いしてほしくないのは、当施設における口から物を摂取できなくなる「絶飲食」の判断は、医療機関等に入院している場合の判断より、かなり先にある、ということだ。つまり医療機関ではえん下困難として口腔摂取ができないと判断するようなケースでも、口からの摂取を継続する場合が多いという状況を理解してもらった上で、なおかつ口腔からの摂取が困難となるという判断だということを理解してもらわないと誤解を受けるおそれがあるので、そのことを付記しておく。

えん下困難で、医師から絶飲食の指示が出されている「看取り介護対象者」が会話の中で「寿司が食いたい」といったことがキッカケで始まった議論である。もちろん寿司を食べられる状態ではないが、他のものでも口からものを食べる支援をすべきという主張に対し、この方がかなりえん下状態が悪かったことから、医師の指示もあり、そういう危険な行為は出来ない。看取り時期であっても誤嚥によって喉が詰って苦しむことは自然死ではない。死期が近いといっても、それを認めることは出来ない。病気で死ぬことと、喉が詰って死ぬことは違う、という意見の対立である。

しかし冷静に考えると、この議論は看護職員の意見が正論である。口からものを食べさせたいという「思い」だけが先行してしまっても、現実に機能として無理な状況も考慮に入れないと大変なことになり、場合によっては「未必の故意」による死への誘導が行われてしまう危険性さえある。

ただし、あえてこのことは妥協せずに議論を継続している。その意味は「まず制限ありき」「出来ないことから先に考える」姿勢を安易に認めたくないからである。

つまり我が施設の看取り介護のスローガンの一つである「あきらめない介護」の中には、ぎりぎりの状態で、医師が口から物を摂取できないと判断した状態の人にも最後まで口から物を食べる努力は放棄せず「続ける」という考え方がなければならず、この部分の意見衝突は結論を先送りして議論を継続中である、という意味だ。大事なことは食べられない状態の人であっても、できるだけ「食べたい」 という希望に対応する支援者側の工夫が続けられる必要があるということで、あきらめない姿勢が何より大事なのである。

その中で、小さな変化が生まれつつある。意思表示もほとんど出来なくなって、死期が近く、口から物を食べることが困難で禁食指示が出された人が、口腔内ブラッシングの介助の際に、普通の大人用の歯磨き粉だと、非常に嫌がる様子が見られたので、子供用のフルーツ味の歯磨き粉に変えてみた。すると歯磨き粉を舐める行為が見られた。

もともと青森県出身の方で、リンゴが大好きで、365日欠かさず毎朝、朝食後のデザートとしてリンゴを食べられていた人である。

この方に何とか好きなものを口から食べさせる方法はないかと、担当フロアの介護職員から相談があって、様々な職種全体で検討した。いろいろな取り組みの議論がされたが、その経緯は細かすぎるのでここには書かない。ただその方が先日亡くなられ、死後カンファレンスを実施した。その結果報告書の一部をここに紹介して、取り組みの一端を知ってもらうことにする。

(看護部門の評価・課題の一部抜粋)
口腔ケアも兼ねて今回パイナップルジュースを使用してみたが御本人が味覚を楽しむことに少しではあるが繋がって良かった。
(柑橘系のジュース等で口腔内を湿らせることで唾液分泌効果が期待でき、最後に綿花で綺麗にふき取れば清拭効果も高まり口腔衛生上効果がある。)

(介護部門の評価・課題の一部抜粋)
お茶会では、こし餡1口、フルーチェ3口、を食べる事ができた。(こし餡を食べられた時にむせ込みがあり中止し、その後、フルーチェを食べられている。)口腔ケアと唾液分泌促進のためパインジュース・チュッパチャプス(この製品はスティックがついているため、職員が手を添えて舐める介助が可能で、飴玉がのどの奥に詰る危険性がない;以降「アメ」と記載)を提供している。(途中省略)〜アメ提供時御本人はそのアメを吸いつくように頬張っています。また、介助者の手を握りしめアメを引き寄せています。(合計3回口の中で舐めてもらっている。むせ込みがあったら口から出し、むせ込みがなくなったことを確認し口の中で舐めてもらうことを繰り返し行っている。)通常の口腔ケアは日中オムツ交換時(2時間ごと)に行う事ができた。パイナップルジュースによる口腔ケアは〇/〇から始め1日2回午前・午後行っている。

(相談援助部門の評価・課題の一部抜粋)
パインジュースを使用しての口腔内清拭やアメを舐めていただく等の対応を行った。援助を実施するに当たって、事前に御家族に説明し了承を得た上で実施でき、甘いものが好きだった御本人にとって、ほんの少しでも甘いものを楽しむことができる機会だったと思う。

(給食部門の評価・課題の一部抜粋)
医師より絶飲食の指示があった。看取り介護実施期間中の食事提供はなかったが、こし餡、フルーチェ、ジュースやアメを提供できた。口腔ケアの際に使用してもらい味を楽しんでもらった。看取り介護中の食事提供は難しいと思われるが、今後も、御家族の方や他職種と連携し、出来る事をみつけ、個人の状態や嗜好にあったものを検討し提供していきたい。

以上である。これから先にこの経験が生きて、また違う工夫がされ、利用者の希望や状態にさらに応えられる対応が出来ることが何より大事である。

介護サービスというものは一朝一夕で変わるものではなく、小さな取組から様々な試みを積み重ねて、施設の中で小さなエビデンスを積み上げていくものであり、介護にはまさにmovingという考えが必要であるが、現場を動かすのは施設のトップではなく、現場の職員でなければ意味がない。

そしてその評価については、施設内で行うに留まらず、第3者の客観的な判断に委ねる必要があると思う。

今回のケースも、(本人に結果判断を求められないという特殊性があるんだから)家族を含んだ第3者がどう感じるかが一番重要であろう。

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