介護施設でしばしば問題となる「医療侵襲同意権」について、このブログでも何度か取り上げてきた。
今までの結論としては、家族が医療侵襲同意権を持つといえる法的根拠は見つけられず、それが正当な行為なのか不明であるが
1.実際には認知症高齢者などの医療侵襲同意については家族がそれを行っているケースがほとんどであること。
2.医療機関も家族にその同意を求める傾向にある
などと指摘してきた。
また成年後見人にも、あるいは施設の管理者にも、医療侵襲同意権はないものと考えられ、医療機関からそれを求められて、やむを得ず同意を行っても、法的にそれは無効であるだろうとしてきた。
そしてこのサイトのトップページに掲載している「身寄りのない入所者への対応」の中に記載している「手術同意」において、このことに関しては
1.身寄りのない方の場合において、本人が入所する施設を経営する法人や施設長に、本人に代わって同意を求めることは法的には無意味であると考えられています。従って、救急医療の場合と同様に、施設としては医療機関に対し、医学上の見地から本人にとって最善の措置をとるように求めるべきです。
2成年後見人が選任されている場合も、本人の手術等の同意権はないとするのが一般的見解です。
3.必要な医療を受ける権利は他者による同意を伴なわなくとも、人の生きる権利とともに基本的人権として備わっているという解釈から医学上の必要性から考えた最善の措置を行なう、という共通理解が必要に思いますし、現行でもそうした見地から施設側も医療機関に必要な手術等を求めるということが基本であると考えられます。
と結んでいた。しかし問題はもっと複雑らしい。
医療侵襲とは手術などに限らず、注射や点滴など人の体に侵襲を加える行為の全てを指す。
この同意権について、月間福祉2009年6月号において、日本成年後見法学会副理事長である赤沼康弘弁護士が「医療行為と成年後見制度〜同意能力のない者に対する医療〜」という小論文を書かれている。これが非常に参考になる。以下に月刊福祉の同論文から抜粋して、その内容の一部を紹介したい。
(※関係者は、是非この論文を一度読まれたほうが良いと思う。)
・医療侵襲には侵襲を受容するという同意が必要である。たとえ医療行為といえども、その同意がない限り形法上の傷害罪となり、民法上は不法行為等となる。
・医療侵襲同意には同意能力の存在が前提になるが、その能力の程度についての明確な基準があるわけではない。一般的には、その侵襲による結果を判断する能力があれば良いとされている。
・医療侵襲同意が違法性阻却事由であることを考慮すれば、本人に同意能力がない場合、治療の高度の必要性があり、本人が治療を拒否しないと推測され、かつ本人の最善の利益となると判断される時は、医師の裁量で医療行為を行うことに違法性はないと解する余地もある。
・未成年者で同意能力がない場合は、親権者・未成年後見人が同意権を代行できる。その根拠は民法820条(親権の本質や子の監護・教育の権利義務の定め)にある。
・同意能力のない成年者についても東京地裁1989年4月18日判決では「判断能力が不十分で脳血管造影のように患者の精神的緊張が症状に悪影響を及ぼすときは特別な関係にある患者の近親者に対する説明と承諾があればよい」とされている。ただしこれを根拠付ける法整備はない。
・治療の高度の必要性がある場合、本人の意思を推測し、かつ最善の利益を測り得る立場の家族に説明同意が得られれば違法性がなくなる場合があることは肯定されてよい。しかし同意をなし得る家族の範囲の明確化は困難であり法整備が求められる。
・医療侵襲同意は医療契約とは異なる同意であり、法律行為ではなく一身専属的なものといわれ成年後見人には医療侵襲同意権はないという通説に基づいて成年後見制度は運用されている。
・成年後見人は精神保健福祉法では保護者とされ(第20条)、治療を受けさせる義務が課せられ(22条)、医療保護入院の同意権が付与されている(33条)。結核予防法第64条、予防接種法第3条第2項は、成年被後見人については成年後見人が予防接種等に関して必要な措置を摂らねばならないとしており、この3つの法律の範囲では成年後見人に医療侵襲同意権があると解することができる。
(※論文には結核予防法と書かれているが、これは2006年に感染症法に統合されているので、この部分は論文執筆者の勘違いと思う。ただし引き継がれた内容は同じであろうから意味は違わないだろう。)
・これらの法律に規定のない医療行為であっても、成年後見人には療育養護に関する職務があり(民法第858条)本人のために医療契約締結権が与えられており、契約締結後の医療の履行を監視する義務が存することを考えれば、身体生命に危険性の少ない軽微な医療行為については代行決定権があると解してよい。
・しかし重大な医療行為について同意権はないと考えられ「第3者による医療同意に関する法」の整備が不可欠である。
以上のように結ばれている。非常にわかりやすく、重要な示唆を含んだ論文であると思う。そしてこの国においては、未だに判断能力のない成年者の医療侵襲同意について十分な法的整備がないこともよく理解でき、その必要性もよくわかった。
ただし法的な専門知識に欠ける僕の理解は、一部的を外している可能性があることを否定しない。
ただ最も強く感じた点は、一刻も早くこの国の「第3者による医療同意に関する法」の整備がすすめられなければならないということだ。なぜなら医療技術の進歩と、超高齢社会の進行は、今後、同意能力のない高齢者への医療侵襲という問題について、爆発的な数の増加が予測されるからである。
介護施設の関係者であれば、それは切実な問題であろう。
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今までの結論としては、家族が医療侵襲同意権を持つといえる法的根拠は見つけられず、それが正当な行為なのか不明であるが
1.実際には認知症高齢者などの医療侵襲同意については家族がそれを行っているケースがほとんどであること。
2.医療機関も家族にその同意を求める傾向にある
などと指摘してきた。
また成年後見人にも、あるいは施設の管理者にも、医療侵襲同意権はないものと考えられ、医療機関からそれを求められて、やむを得ず同意を行っても、法的にそれは無効であるだろうとしてきた。
そしてこのサイトのトップページに掲載している「身寄りのない入所者への対応」の中に記載している「手術同意」において、このことに関しては
1.身寄りのない方の場合において、本人が入所する施設を経営する法人や施設長に、本人に代わって同意を求めることは法的には無意味であると考えられています。従って、救急医療の場合と同様に、施設としては医療機関に対し、医学上の見地から本人にとって最善の措置をとるように求めるべきです。
2成年後見人が選任されている場合も、本人の手術等の同意権はないとするのが一般的見解です。
3.必要な医療を受ける権利は他者による同意を伴なわなくとも、人の生きる権利とともに基本的人権として備わっているという解釈から医学上の必要性から考えた最善の措置を行なう、という共通理解が必要に思いますし、現行でもそうした見地から施設側も医療機関に必要な手術等を求めるということが基本であると考えられます。
と結んでいた。しかし問題はもっと複雑らしい。
医療侵襲とは手術などに限らず、注射や点滴など人の体に侵襲を加える行為の全てを指す。
この同意権について、月間福祉2009年6月号において、日本成年後見法学会副理事長である赤沼康弘弁護士が「医療行為と成年後見制度〜同意能力のない者に対する医療〜」という小論文を書かれている。これが非常に参考になる。以下に月刊福祉の同論文から抜粋して、その内容の一部を紹介したい。
(※関係者は、是非この論文を一度読まれたほうが良いと思う。)
・医療侵襲には侵襲を受容するという同意が必要である。たとえ医療行為といえども、その同意がない限り形法上の傷害罪となり、民法上は不法行為等となる。
・医療侵襲同意には同意能力の存在が前提になるが、その能力の程度についての明確な基準があるわけではない。一般的には、その侵襲による結果を判断する能力があれば良いとされている。
・医療侵襲同意が違法性阻却事由であることを考慮すれば、本人に同意能力がない場合、治療の高度の必要性があり、本人が治療を拒否しないと推測され、かつ本人の最善の利益となると判断される時は、医師の裁量で医療行為を行うことに違法性はないと解する余地もある。
・未成年者で同意能力がない場合は、親権者・未成年後見人が同意権を代行できる。その根拠は民法820条(親権の本質や子の監護・教育の権利義務の定め)にある。
・同意能力のない成年者についても東京地裁1989年4月18日判決では「判断能力が不十分で脳血管造影のように患者の精神的緊張が症状に悪影響を及ぼすときは特別な関係にある患者の近親者に対する説明と承諾があればよい」とされている。ただしこれを根拠付ける法整備はない。
・治療の高度の必要性がある場合、本人の意思を推測し、かつ最善の利益を測り得る立場の家族に説明同意が得られれば違法性がなくなる場合があることは肯定されてよい。しかし同意をなし得る家族の範囲の明確化は困難であり法整備が求められる。
・医療侵襲同意は医療契約とは異なる同意であり、法律行為ではなく一身専属的なものといわれ成年後見人には医療侵襲同意権はないという通説に基づいて成年後見制度は運用されている。
・成年後見人は精神保健福祉法では保護者とされ(第20条)、治療を受けさせる義務が課せられ(22条)、医療保護入院の同意権が付与されている(33条)。結核予防法第64条、予防接種法第3条第2項は、成年被後見人については成年後見人が予防接種等に関して必要な措置を摂らねばならないとしており、この3つの法律の範囲では成年後見人に医療侵襲同意権があると解することができる。
(※論文には結核予防法と書かれているが、これは2006年に感染症法に統合されているので、この部分は論文執筆者の勘違いと思う。ただし引き継がれた内容は同じであろうから意味は違わないだろう。)
・これらの法律に規定のない医療行為であっても、成年後見人には療育養護に関する職務があり(民法第858条)本人のために医療契約締結権が与えられており、契約締結後の医療の履行を監視する義務が存することを考えれば、身体生命に危険性の少ない軽微な医療行為については代行決定権があると解してよい。
・しかし重大な医療行為について同意権はないと考えられ「第3者による医療同意に関する法」の整備が不可欠である。
以上のように結ばれている。非常にわかりやすく、重要な示唆を含んだ論文であると思う。そしてこの国においては、未だに判断能力のない成年者の医療侵襲同意について十分な法的整備がないこともよく理解でき、その必要性もよくわかった。
ただし法的な専門知識に欠ける僕の理解は、一部的を外している可能性があることを否定しない。
ただ最も強く感じた点は、一刻も早くこの国の「第3者による医療同意に関する法」の整備がすすめられなければならないということだ。なぜなら医療技術の進歩と、超高齢社会の進行は、今後、同意能力のない高齢者への医療侵襲という問題について、爆発的な数の増加が予測されるからである。
介護施設の関係者であれば、それは切実な問題であろう。
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