自分の気持ちだけではなく、業務に関わる諸連絡にしても、他者に正確に内容を伝えるということは難しいことである。

介護サービスではチームケアが大事だとか、多職種・他職種連携が大事だとか言うが、複数の人間が同じゴールを目指して意思を統一して関わっていくためには、それぞれの「思い」もまた統一されることが重要になる。

チームの要になる介護支援専門員が中心となってサービスのあり方を探し、具体的な方法を立案する介護サービスにおいては、アセスメントの結果をサービスに結びつける段階で、チームの中心である介護支援専門員が「何を考えているのか」を正確に伝えないと、チームとしての意思統一に繋がらない危険性がある。

だから介護支援専門員や、それぞれの事業所でサービス提供の中心的役割を持つ人々は、すべからく他者に「自らの考え」を適切に説明できて、その内容を充分理解してもらう、という「伝達能力」が求められる。

伝わらないことを、受け手の責任に転嫁する人がいるが、伝えることが仕事である介護支援専門員は伝えられないことに対する工夫をまずすべきであり、他者の問題ではなく、自らの問題としてこのことを考えないと進歩はない。

介護支援専門員の職務上の伝達は多くの場合、直接意見交換する「サービス担当者会議」などで話し合うことによって行われることが多いが、そのほか文書等様々な方法やツールを使って、正確に情報や思いを伝える取組が必要である。

どんなにチームの中心になる人物が「素晴らしい考え方」を持っていても、それがチームメンバーに適切に伝えられなければ、それは単なる「独りよがりの思い」で終わってしまうからだ。

職場で実践される介護サービスの場合は、サービスの理念や、その方法について、時としてトップダウン方式で実施を求められることがあるが、その際もきちんとその意味や内容が職員に伝わる努力が不可欠になる。

だから相手に「こちらの思い、考え」を伝える能力というのは、全ての(介護サービスに限らない)職場で、すべての職業で、すべての職種で必要になることだろう。

他者に伝える能力を磨くということは、そういう意味で重要だし、だから僕の管理する表の掲示板では質問の際は「タイトル」について具体的内容が伝わるように書くことを条件付けている。これも伝達力を磨く訓練のひとつだと考えているからだ。(参照:タイトルを考えてスキルアップ。

僕の場合も、これを言葉で伝えることには常日頃苦労しているわけであるが、会議や研修などの機会を通じて繰り返し必要な伝達を行っている。しかし同時にその場にいない人々に伝える方法として、時には文章を作って伝えることも多い。だから簡潔明瞭な文章を書く能力ということも伝達力の重要な要素である。

いくら詳しく書けても、論文のような長い文章など、仕事が忙しい現場で、全ての人が読んで全部を理解できるわけがないからである。基本的に文章を読むということは「面倒なことであり、できればしなくて済ませたいことである。」と理解していないと、書き手だけの自己満足の伝達文となって、相手に伝わらない意味のない伝達方法になってしまう。

だから、簡潔な文章をうまく書きたいと常日頃思っている。しかし、その道のプロの文章を読むと「とてもあのレベルには達しない」と思えるすごい表現力に感嘆することがある。

例えば故・司馬 遼太郎さんの小説はストリーが面白いだけではなく、誰もが読んで内容がわかるという特徴がある。平易な表現の中に、ありありと人物や情景を浮かびだす筆力があるから時代を超えて多くの読者の共感を生むのだろうと思う。

司馬さんの小説のどれかを傑作として挙げろといわれても、数多く傑作があって難しいが、その中であえてひとつを選ぶとすれば、個人的には「竜馬が行く」だろうと思っている。

明治維新というこの国の歴史上かつてないほどの革命の主役は、竜馬であれ、西郷であれ、大久保であれ、桂であれ、ことごとく20代から30代前半の若者であったというのも驚愕であるが、その若者達の躍動を見事に描ききった作品である。

その中の登場人物に長州藩の高杉晋作がいる。

そして司馬さんは、高杉という人物が、その中でも「天才性」という部分では彼が突出した存在であると述べているが、その表現方法がすごい。氏は小説の中で高杉について以下のように書いている。

(引用:竜馬が行く、より。)
高杉は、革命家としての天才は、おそらく幕末随一であったであろう。
幕末には、竜馬をはじめ、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)など、雲のごとく人物が出たが、かれらは革命期以外の時代に出ても使いみちのある男どもだが、高杉晋作は、革命以外には使いみちがないほどの天才であった。
もし平和な時代に高杉が生まれていれば、飲んだくれの蕩児として近親縁者の厄介者になったまま、世を終えたかもしれない。
政治・軍事の才がある。
それも革命期の政治・軍事で、それ以前やそれ以後の日本では役に立たない。
いわば明治維新をおこすために生まれたような男であった。

(以上、引用終わり:送り仮名、改行等すべて原文のまま。)

まったく見事としか言いようのない表現力である。くどくど説明しなくとも、この文章を読むだけで高杉という人物の体臭まで伝わってくるようだ。

こうした表現力があれば、それを連絡文に応用して、業務用の連絡もスムースに行われるように思うが、とてもその域に達することは難しく思える。せめて時間のあるときは、プロの文章を数多く読んで、センスを磨きたいと思う。読書とは暇つぶしだけではなく、そういう意味もあるのだ。

休みの日に息子どもから「本ばかり読んでいる。」と皮肉られ親父の言い訳である。

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