後期高齢者医療制度の保険料の軽減措置が大幅に見直されるという。
いざ制度が始まってみると、高齢者イジメの制度であることが明らかになって、当初示された「低所得者の負担増となる制度ではない」という政府の見解がいかに実態と違っているかが明らかになって、あわてて対応を行っているという状況である。
この法案は前々内閣のときに、強行採決という形で与党が法案を通したと記憶しているが、そのとき採決を強行して法案に賛成票を投じた与党議員自体が、この制度の骨格を成す法案の中身や、後期高齢者の医療制度がどのように変わるかという具体的内容を理解していたのだろうか。
どうもそうではないようである。
そもそもこの制度改革論議は、現行の医療保険制度、特に市町村の国民健康保険制度の運営が大変厳しくなって、財源確保が難しく崩壊寸前の市町村国保もあるという現状から、後期高齢者の医療費を削減して、財源も新たに確保せねばならないという事情から始まっている。医療保険制度全般をどう見直すかという延長線上に、後期高齢者医療を切り捨てるという内容になってしまっていることに一番の問題がある。
これは政治家が新制度の設計について「負担と給付のあらたなあり方」という財源的事情からしかこの問題を理解せずに、負担を強いられたり、医療給付の制限を受ける側の事情をまったく理解せずに「必要不可欠である」としたもので、制度の中身や、低所得者の負担増に対する視点はほとんどなかったということではないだろうか。
つまり後期高齢者医療制度法案の中身を本当に理解している政治家などほとんどおらず、その内容は霞ヶ関の官僚の手のひらの中にあって、永田町は、その法案を通すだけの役割を演じ、法律さえ通れば制度は介護保険と同じように「走りながらでも、転びながらでも始まればどうにかなる」という考えではなかったのかと想像する。
しかしこれでは永田町の役割は果たせない。超高齢社会における高齢者関連法案は、国の社会福祉制度の根幹を成すべきもので、官僚主導ではなく、政治家主導で、国家のありようとしてその責任において考えられるべきで、高齢期に安心して暮らせる社会が実現できないと国家の安全保障などないに等しい。
ましてや政治家もわけがわからないで審議する法案の内容が国民に理解できるわけがない。制度が施行されて始めて愕然としてあわてて声を上げるという状況は致し方ない。切羽詰って法律が変わってからしか反対意見を挙げることができなかったのは国民の責任ではないのである。
野党議員だって自慢できない。法案を強行採決で通したことを抗議しても、法案成立時に、後期高齢者医療制度自体がいかに後期高齢者にとって理不尽な取扱が含まれている「かつてない悪法」であるかを国民にアピールした議員はほとんどいなかった。関係者のみがこの制度の問題点を当時から指摘していたに過ぎない。
大きな反対の声を挙げたのが法律施行後であるという馬鹿げた状態を国民は冷静に見つめなければならない。
またここに来て、厚生労働省は、介護情報サービスの情報の公表について、制度の運用のあり方を今年度中に抜本的に見直すとしているが、これはあくまで「同制度を信頼されるものにするため」の見直しで、廃止ではない。事業者から徴収する手数料だってなくならない。09年度には全サービスがこの意味のない公表制度の調査対象になるのだ。
そりゃあそうだ。これはもう利権がらみの制度であり、各都道府県の公表センターは役人の天下り機関で、この制度がなくなることはその収入がなくなることだから、官僚主導ではこの制度の抜本改正など難しい。
しかしこれだって政治家が法律を通しているのである。この公表制度の実態を何人の政治家が勉強して、理解しているのか。この実態をわかっている政治家がいれば「公表制度をなくしても利用者は困らない。」で書いている意見を理解できる政治家もいるはずなのに、それが皆無であるという現実がこの国の政治家のレベルを現している。永田町は霞ヶ関の下請け機関なのか?
政治家が不勉強なまま法案を通す現状では国自体が危うい。本当に情けない。そういえば老施協からも政治家は出ているはずではなかったか・・。
この国の政治とは、政争の愚に用いられているだけで、国民の暮らしに目を向けることがいかに少ないかを改めて感じさせられる。
こういう国のどこが先進国なのか。サミット開催国という状況について言えば、ブラックジョークもここに極まれり、という意味しかない。
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いざ制度が始まってみると、高齢者イジメの制度であることが明らかになって、当初示された「低所得者の負担増となる制度ではない」という政府の見解がいかに実態と違っているかが明らかになって、あわてて対応を行っているという状況である。
この法案は前々内閣のときに、強行採決という形で与党が法案を通したと記憶しているが、そのとき採決を強行して法案に賛成票を投じた与党議員自体が、この制度の骨格を成す法案の中身や、後期高齢者の医療制度がどのように変わるかという具体的内容を理解していたのだろうか。
どうもそうではないようである。
そもそもこの制度改革論議は、現行の医療保険制度、特に市町村の国民健康保険制度の運営が大変厳しくなって、財源確保が難しく崩壊寸前の市町村国保もあるという現状から、後期高齢者の医療費を削減して、財源も新たに確保せねばならないという事情から始まっている。医療保険制度全般をどう見直すかという延長線上に、後期高齢者医療を切り捨てるという内容になってしまっていることに一番の問題がある。
これは政治家が新制度の設計について「負担と給付のあらたなあり方」という財源的事情からしかこの問題を理解せずに、負担を強いられたり、医療給付の制限を受ける側の事情をまったく理解せずに「必要不可欠である」としたもので、制度の中身や、低所得者の負担増に対する視点はほとんどなかったということではないだろうか。
つまり後期高齢者医療制度法案の中身を本当に理解している政治家などほとんどおらず、その内容は霞ヶ関の官僚の手のひらの中にあって、永田町は、その法案を通すだけの役割を演じ、法律さえ通れば制度は介護保険と同じように「走りながらでも、転びながらでも始まればどうにかなる」という考えではなかったのかと想像する。
しかしこれでは永田町の役割は果たせない。超高齢社会における高齢者関連法案は、国の社会福祉制度の根幹を成すべきもので、官僚主導ではなく、政治家主導で、国家のありようとしてその責任において考えられるべきで、高齢期に安心して暮らせる社会が実現できないと国家の安全保障などないに等しい。
ましてや政治家もわけがわからないで審議する法案の内容が国民に理解できるわけがない。制度が施行されて始めて愕然としてあわてて声を上げるという状況は致し方ない。切羽詰って法律が変わってからしか反対意見を挙げることができなかったのは国民の責任ではないのである。
野党議員だって自慢できない。法案を強行採決で通したことを抗議しても、法案成立時に、後期高齢者医療制度自体がいかに後期高齢者にとって理不尽な取扱が含まれている「かつてない悪法」であるかを国民にアピールした議員はほとんどいなかった。関係者のみがこの制度の問題点を当時から指摘していたに過ぎない。
大きな反対の声を挙げたのが法律施行後であるという馬鹿げた状態を国民は冷静に見つめなければならない。
またここに来て、厚生労働省は、介護情報サービスの情報の公表について、制度の運用のあり方を今年度中に抜本的に見直すとしているが、これはあくまで「同制度を信頼されるものにするため」の見直しで、廃止ではない。事業者から徴収する手数料だってなくならない。09年度には全サービスがこの意味のない公表制度の調査対象になるのだ。
そりゃあそうだ。これはもう利権がらみの制度であり、各都道府県の公表センターは役人の天下り機関で、この制度がなくなることはその収入がなくなることだから、官僚主導ではこの制度の抜本改正など難しい。
しかしこれだって政治家が法律を通しているのである。この公表制度の実態を何人の政治家が勉強して、理解しているのか。この実態をわかっている政治家がいれば「公表制度をなくしても利用者は困らない。」で書いている意見を理解できる政治家もいるはずなのに、それが皆無であるという現実がこの国の政治家のレベルを現している。永田町は霞ヶ関の下請け機関なのか?
政治家が不勉強なまま法案を通す現状では国自体が危うい。本当に情けない。そういえば老施協からも政治家は出ているはずではなかったか・・。
この国の政治とは、政争の愚に用いられているだけで、国民の暮らしに目を向けることがいかに少ないかを改めて感じさせられる。
こういう国のどこが先進国なのか。サミット開催国という状況について言えば、ブラックジョークもここに極まれり、という意味しかない。
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感動の完結編。
