利用者の退所に当たって在宅復帰や他施設への移動の場合は、居宅介護の担当者や他施設の担当者に引継ぎを行った時点で特養としての役割はほぼ終了する。

その後の生活上の問題等で特養側に何らかの確認を行う必要が生じたとしても、もうその時点では支援の中心的役割は他の担当者に変更されており、必要な事項を連絡するのみであることが多い。

しかし特養という施設の機能・役割は「終生施設」としての部分が重要になりつつある現状から、退所者の多くが「死亡退所」である状況が生まれている。

そうすると死亡した時点で施設の役割も終了する、という単純な問題では終わらず、死亡退所後の諸手続きや家族支援も含めて役割を考えざるを得ない状況が生まれる。

例えば介護保険や国民健康保険、各種減免資格証、老人医療、身体障害者手帳などの資格喪失手続きは施設側が家族の代行で行うことが多い。

ただし国保の喪失の際は葬祭費が葬祭執行者に支払われるので、この部分には当然、申請者自身の関与が必要だし市町村によっては代行を認めていない場合があるから、そのことも確認して、できるだけ施設ができる部分は施設が行う。

相続の問題も含んで身内のものしか行えない行為についても、単に「出来ない」「しない」ということではなく、どのような機関で、どのような方法(必要書類も含めて)で手続きを行うのかという指導・助言を行うことが施設担当者の役割であると考えている。

年金の受給権廃止届けに関連する生計同一証明をも含んだ未支給部分の申請にも当然支援が必要である。

だから担当者は様々な制度の知識が不可欠だし、近隣地域の諸事情にも精通しておく必要があり、施設の担当者(介護支援専門員やソーシャルワーカー)はマルチな知識が必要とされる。

介護保険制度だけではなく、変わり行く医療保険制度(後期高齢者医療制度も含め)や相続の問題に絡んだ成年後見制度や遺言執行上の諸手続きの理解も不可欠である。

死亡退所だからといって、死亡後の諸手続きは退所者の身内の自己責任だとして丸投げすることが正しいことではないと思う。

生活施設の中で、施設と利用者の信頼関係を構築して支援するという意味は、家族関係も含めて適切なコミュニケーションをとって、家族を巻き込んだ信頼関係を得て始めて適切な支援体制が整えられると思う。そういう意味でも損得とか、制度上の問題というだけではなく、亡くなられた方との生前の人間関係をも含んだ支援をするという考え方があってよい。

天国で亡くなられた方が見守って安心してくれる支援、というふうに考えても良いのではないか。

それを情緒的過ぎるとか、日本特有のウエットケア過ぎると批判されても構わない。ドライケアも結構だが、法律を犯したり、職業倫理上の問題にならない限り、出来る支援は利用者の退所後にも関わるという姿勢が批判の対象になること自体意味がわからない。

我々の福祉援助というのは人々が幸せに暮らせる社会を作る基盤になる現場支援なんだから、業務とか奉仕とかに分けることが出来ない部分で必要な行為が当然出てくると思っている。

身寄りのない方ならなおさらである。生前の財産管理や死後のその処理の方法を利用者と充分コミュニケーションをとり、あるいはその代弁者としての役割を持って決定しておくと共に、死後の様々な支援はでき得る限り行う必要があるだろう。場合によっては公正証書の作成や執行等で公証人と協力しながら支援を行う場面も出てくる。

葬祭や遺留金処理なども切実な問題で、もちろん特養という機関の機能を超えて出来ない部分もあるが、行政にも出来るだけ協力してもらったり、したりしながら、責任の押し付け合いではない連携支援が必要とされる。

極端な話、安心してお墓に入ることが出来る支援が終生施設には求められると考えても良いのではないだろうか。

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