2日3日は休みだが、朝はいつもと同じように6時半過ぎには起きている。自然と目が覚めるわけではなく、気合を入れて起きている。
それというのも7時から始まる「箱根駅伝」の放送を最初から見るためである。
正月のテレビ番組ほどつまらないものはなく、特に正月特番のバラエティほど毎年変わり映えせず見る価値がないものはないと思っている。
しかし「箱根駅伝」がテレビで完全中継されているのは非常に感謝している。毎年、楽しみにしている。
別に駅伝が特別に好きなわけではない。年末の学生駅伝の出雲も全日本もさほど興味がないし、元旦の社会人の「ニューイヤー駅伝」などまったく興味がなくほとんど見ない。
箱根駅伝だけが僕を惹きこむのである。本当に毎年手に汗を握ってみている。ただ例年、僕は3日の日に実家から自宅へ戻るので、復路は車内のラジオで聞くことが多かった。
今年は元旦勤務で、2日3日は休みで自宅にいるため、2日間何もせずに駅伝観戦に集中できる。
あの瀬古が早稲田の1年生でエース区間2区を任せられながら脱水症状でふらふらになり大ブレーキとなった頃は、テレビ中継はなかったと記憶している。早稲田の現監督の渡辺 康之が山梨学院大学のオツオリやマヤカと対決して脅威の区間記録を2区で出した数年前から完全中継が実現したのではなかったか。
去年は「山の神」順天堂大学の今井の走りが印象深いが、毎年様々なドラマが起きるのが箱根駅伝で優勝雄補が必ず勝つわけではないというところがまた面白い。しかもレース結果だけでなく、それぞれの区間に、それぞれのドラマがちりばめられているのが僕の興味を引く点である。
今年は早稲田が名門復活の走りを見せ往路優勝、復路も大いに盛り上げたが、いま9区に入って優勝候補の本命、駒澤が強さを見せ首位に躍り出ている。
しかし僕にとって、このレースに参加している全ての選手がスターであり、そこにはどういう結果でも敗者は存在しないと思っている。
往路の最終区間山登りの5区でゴールから500m手前で、脱水症状からの低血糖で走れなくなり棄権せざるを得なくなった順天堂の小野君の無念も含めて価値があるがんばりと思う。
今年様々な感動を味わっている。
ただ最近残念に思うことは、年末に発表されるメンバーエントリーが、勝負の駆け引きに使われることである。このエントリーは大会当日に4人までメンバー変更ができることになっているが、最初にエントリーしたメンバーは他の区間に変更できないが、補欠メンバーだけは当日、どの区間にも変更して使うことが出来る。本来この交替は怪我や病気を想定したルールであったが、最近は作戦上のメンバー交替が目立ってきている。
あきらかに力があるレギュラーと見られる選手を、最初のエントリーでは補欠に回している大学がある。
今年でいえば東海大学の佐藤悠基、駒澤大学の豊後友章、深津卓也等・・。つまり最初のエントリー発表で名前が挙げられた幾人かは最初から大会出場しないことが決まっており「当て馬」として名前が使われているに過ぎないという意味である。
学生スポーツであっても目標は勝つことだから、そのための作戦は必要だが、何をしても勝てばよいという考えは正しくないと思う。
当て馬に名を使われる立場になれば単にそれを「作戦」と割り切れるだろうか。割り切って考えるように導くことが正しいことなのだろうか。どうもこのような方法が前面に出すぎてしまうと、この大会そのものの興味さえ失い兼ねないように思う。
学生スポーツとしてもっと「青臭い」ものを残しておいても良いのではないだろか。この大会は学生自身が主催している。自分たちでルールも作れるんだから、原点を忘れず学生らしい「さわやかさ」を失わない運営に努めて欲しい。
限りない「青臭さ」があるからこそ、見るものの感動なのだから・・。プロの駆け引きや作戦は他の場所で見れば充分だ。
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それというのも7時から始まる「箱根駅伝」の放送を最初から見るためである。
正月のテレビ番組ほどつまらないものはなく、特に正月特番のバラエティほど毎年変わり映えせず見る価値がないものはないと思っている。
しかし「箱根駅伝」がテレビで完全中継されているのは非常に感謝している。毎年、楽しみにしている。
別に駅伝が特別に好きなわけではない。年末の学生駅伝の出雲も全日本もさほど興味がないし、元旦の社会人の「ニューイヤー駅伝」などまったく興味がなくほとんど見ない。
箱根駅伝だけが僕を惹きこむのである。本当に毎年手に汗を握ってみている。ただ例年、僕は3日の日に実家から自宅へ戻るので、復路は車内のラジオで聞くことが多かった。
今年は元旦勤務で、2日3日は休みで自宅にいるため、2日間何もせずに駅伝観戦に集中できる。
あの瀬古が早稲田の1年生でエース区間2区を任せられながら脱水症状でふらふらになり大ブレーキとなった頃は、テレビ中継はなかったと記憶している。早稲田の現監督の渡辺 康之が山梨学院大学のオツオリやマヤカと対決して脅威の区間記録を2区で出した数年前から完全中継が実現したのではなかったか。
去年は「山の神」順天堂大学の今井の走りが印象深いが、毎年様々なドラマが起きるのが箱根駅伝で優勝雄補が必ず勝つわけではないというところがまた面白い。しかもレース結果だけでなく、それぞれの区間に、それぞれのドラマがちりばめられているのが僕の興味を引く点である。
今年は早稲田が名門復活の走りを見せ往路優勝、復路も大いに盛り上げたが、いま9区に入って優勝候補の本命、駒澤が強さを見せ首位に躍り出ている。
しかし僕にとって、このレースに参加している全ての選手がスターであり、そこにはどういう結果でも敗者は存在しないと思っている。
往路の最終区間山登りの5区でゴールから500m手前で、脱水症状からの低血糖で走れなくなり棄権せざるを得なくなった順天堂の小野君の無念も含めて価値があるがんばりと思う。
今年様々な感動を味わっている。
ただ最近残念に思うことは、年末に発表されるメンバーエントリーが、勝負の駆け引きに使われることである。このエントリーは大会当日に4人までメンバー変更ができることになっているが、最初にエントリーしたメンバーは他の区間に変更できないが、補欠メンバーだけは当日、どの区間にも変更して使うことが出来る。本来この交替は怪我や病気を想定したルールであったが、最近は作戦上のメンバー交替が目立ってきている。
あきらかに力があるレギュラーと見られる選手を、最初のエントリーでは補欠に回している大学がある。
今年でいえば東海大学の佐藤悠基、駒澤大学の豊後友章、深津卓也等・・。つまり最初のエントリー発表で名前が挙げられた幾人かは最初から大会出場しないことが決まっており「当て馬」として名前が使われているに過ぎないという意味である。
学生スポーツであっても目標は勝つことだから、そのための作戦は必要だが、何をしても勝てばよいという考えは正しくないと思う。
当て馬に名を使われる立場になれば単にそれを「作戦」と割り切れるだろうか。割り切って考えるように導くことが正しいことなのだろうか。どうもこのような方法が前面に出すぎてしまうと、この大会そのものの興味さえ失い兼ねないように思う。
学生スポーツとしてもっと「青臭い」ものを残しておいても良いのではないだろか。この大会は学生自身が主催している。自分たちでルールも作れるんだから、原点を忘れず学生らしい「さわやかさ」を失わない運営に努めて欲しい。
限りない「青臭さ」があるからこそ、見るものの感動なのだから・・。プロの駆け引きや作戦は他の場所で見れば充分だ。
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わたしも、特に特定の大学をひいきに応援しているわけではなく、箱根のドラマそのものを楽しんでいます。利用者の皆さんもなんとなくテレビから伝わってくる熱気や感動をしっかり受け止めて応援されていました。