介護保険制度がそれまでの措置制度と大きく違う点は、居宅サービスの部分には民間の営利企業が経営主体として参入できるようになった点である。
居宅サービスとはいっても、実際には生活の本拠であるグループホームは生活形態は施設サービスと変わらず、ここにも民間参入ができるようになっており、これがグループホームの爆発的な数の増加に繋がっている。
この流れが特区での施設サービスへの株式会社参入を認める方向へと進み、いずれ施設サービスへも積極的な営利企業の参入への流れとなっていくことは容易に予想される。
民間営利企業の介護サービスへの参入の一つのメリットは、それによりサービスの供給主体が増えることによって、サービスの総量を確保することに繋がるというもので、事実、訪問介護サービスやグループホームなどでは、結果としてたくさんのサービス供給主体が新たに生まれて「制度あってサービスなし」という懸念はごく一部の地域、一部のサービス種類の問題としては残っても、全体としてはサービス供給は充分な量が確保されたといってよい。
しかしもう一つのメリットとして考えられた費用対効果の面から言えば、民間の方がより安いコストで質の高いサービスを提供できる、という面については、結果的に介護労働の低コスト化による介護職員の低賃金化と、大手経営者だけが太り、現場職員は低賃金で悲鳴を上げるという構図に繋がっており、同時に経営側の過度な利益追求に関連した不正請求が膨大な額に膨らむという負の結果をも生み出したといえる。
また民間の経営理論が介護保険サービスと決定的に違う点は、良いサービスの結果が収入(介護報酬)の増加には必ずしも結びつかないという点にあることを、もっと国民に周知すべきである。
例えば、公的機関が経営に行き詰まった「公共の宿」の経営を立て直すために、民間企業に譲渡して経営主体を変えたとする。新たに経営を行うことになった民間営利企業は当然のことながら無駄なコストを省いた経営を目指し、従業員も能力がある必要最低限の人員で経営を行い、かつ新たなアイディアやパフォーマンスで集客を増やして収入を上げる、という2つの面から経営を立て直すことになる。
ところが介護施設を例にとれば、同じ状況が起こったとしても、経営の建て直しは前者の運営コストの削減だけで見なければならず、後者の収入増加は期待できない、というよりあり得ないという点がまったく民間営利産業とは異なる点である。
つまりは収入である介護給付費は、どのような高品質サービスを提供しても、国民受けのするパフォーマンスを行っても増えないし、施設サービスのように利用人数に対する報酬という構造から言えば、出来高が増えるというものでもなく、一定の収入の中で経営を行い、さらに報酬改定で単価が下がれば経営努力に関係なく収入は減るという構図になる。
だから経営コストの削減でしか、収支バランスがとれなくなり、結果的に人件費支出を抑えることが経営手腕になるという、おかしな状況が生まれる。
そうすると、そういう職場に有能な人材は貼り付くわけがないし、他産業に有能な人材は流れ、さらに職員の定着率も低下せざるを得ない。
介護サービスというのは、ある程度、人手が最低限必要で、それがないと、いくら理念や理想が高くてもサービスの質は保たれないという特徴があるのだ。そんな中で、一番大切な人的資源の適切な配置ができないことでサービスの質はどんどん下がることになる。
しかしサービスの質が低下して、劣悪なケアの体質になったとしても、それだけでは報酬が下がるという構図でもない。
ということは、現行の制度体系やルールの中では、職員配置を最低限にして、技術や知識が低下しても安いコストで雇える人材を登用し、ルールに外れないぎりぎりの最低限のサービスをしている施設のほうが、有能な人材を配置し、高品質なサービスを保つ為に人数の確保に努めてケアサービスに努めている施設よりも収益が上がる構図と言えなくもない。
質の悪いサービスの収益が、質の高いサービスを上回るという逆転現象を生み出し仕組みになっているのが介護報酬の体系であるといえる。
しかも質の高いサービスを提供している施設では、利用者の要介護度も維持、改善される確立が高くなり、要介護5で入所された利用者が、半年後には要介護3になるというケースも多い。するとこの方の介護報酬単価は下がるわけで、サービスの結果、利用者の介護度の軽度変更は収益源に繋がる結果とイコールになる。
何もしないで利用者を寝たきりにして、軽度介護者を半年後に、寝たきりにして要介護5にした方が経営的にはよいという矛盾をも内包している。この1点をとって考えても、施設サービスに安易な民間企業の参入を図るべきではなく、一定の質と使命をもった経営主体に限定される必要性はあるのだ。
しかしそのためには社会福祉法人自体が、自らの使命を充分自覚して、サービス展開する責任を社会全体に示す実践が欠かせないであろう。
それを忘れたら、社会福祉法人不要論は世論となる。
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居宅サービスとはいっても、実際には生活の本拠であるグループホームは生活形態は施設サービスと変わらず、ここにも民間参入ができるようになっており、これがグループホームの爆発的な数の増加に繋がっている。
この流れが特区での施設サービスへの株式会社参入を認める方向へと進み、いずれ施設サービスへも積極的な営利企業の参入への流れとなっていくことは容易に予想される。
民間営利企業の介護サービスへの参入の一つのメリットは、それによりサービスの供給主体が増えることによって、サービスの総量を確保することに繋がるというもので、事実、訪問介護サービスやグループホームなどでは、結果としてたくさんのサービス供給主体が新たに生まれて「制度あってサービスなし」という懸念はごく一部の地域、一部のサービス種類の問題としては残っても、全体としてはサービス供給は充分な量が確保されたといってよい。
しかしもう一つのメリットとして考えられた費用対効果の面から言えば、民間の方がより安いコストで質の高いサービスを提供できる、という面については、結果的に介護労働の低コスト化による介護職員の低賃金化と、大手経営者だけが太り、現場職員は低賃金で悲鳴を上げるという構図に繋がっており、同時に経営側の過度な利益追求に関連した不正請求が膨大な額に膨らむという負の結果をも生み出したといえる。
また民間の経営理論が介護保険サービスと決定的に違う点は、良いサービスの結果が収入(介護報酬)の増加には必ずしも結びつかないという点にあることを、もっと国民に周知すべきである。
例えば、公的機関が経営に行き詰まった「公共の宿」の経営を立て直すために、民間企業に譲渡して経営主体を変えたとする。新たに経営を行うことになった民間営利企業は当然のことながら無駄なコストを省いた経営を目指し、従業員も能力がある必要最低限の人員で経営を行い、かつ新たなアイディアやパフォーマンスで集客を増やして収入を上げる、という2つの面から経営を立て直すことになる。
ところが介護施設を例にとれば、同じ状況が起こったとしても、経営の建て直しは前者の運営コストの削減だけで見なければならず、後者の収入増加は期待できない、というよりあり得ないという点がまったく民間営利産業とは異なる点である。
つまりは収入である介護給付費は、どのような高品質サービスを提供しても、国民受けのするパフォーマンスを行っても増えないし、施設サービスのように利用人数に対する報酬という構造から言えば、出来高が増えるというものでもなく、一定の収入の中で経営を行い、さらに報酬改定で単価が下がれば経営努力に関係なく収入は減るという構図になる。
だから経営コストの削減でしか、収支バランスがとれなくなり、結果的に人件費支出を抑えることが経営手腕になるという、おかしな状況が生まれる。
そうすると、そういう職場に有能な人材は貼り付くわけがないし、他産業に有能な人材は流れ、さらに職員の定着率も低下せざるを得ない。
介護サービスというのは、ある程度、人手が最低限必要で、それがないと、いくら理念や理想が高くてもサービスの質は保たれないという特徴があるのだ。そんな中で、一番大切な人的資源の適切な配置ができないことでサービスの質はどんどん下がることになる。
しかしサービスの質が低下して、劣悪なケアの体質になったとしても、それだけでは報酬が下がるという構図でもない。
ということは、現行の制度体系やルールの中では、職員配置を最低限にして、技術や知識が低下しても安いコストで雇える人材を登用し、ルールに外れないぎりぎりの最低限のサービスをしている施設のほうが、有能な人材を配置し、高品質なサービスを保つ為に人数の確保に努めてケアサービスに努めている施設よりも収益が上がる構図と言えなくもない。
質の悪いサービスの収益が、質の高いサービスを上回るという逆転現象を生み出し仕組みになっているのが介護報酬の体系であるといえる。
しかも質の高いサービスを提供している施設では、利用者の要介護度も維持、改善される確立が高くなり、要介護5で入所された利用者が、半年後には要介護3になるというケースも多い。するとこの方の介護報酬単価は下がるわけで、サービスの結果、利用者の介護度の軽度変更は収益源に繋がる結果とイコールになる。
何もしないで利用者を寝たきりにして、軽度介護者を半年後に、寝たきりにして要介護5にした方が経営的にはよいという矛盾をも内包している。この1点をとって考えても、施設サービスに安易な民間企業の参入を図るべきではなく、一定の質と使命をもった経営主体に限定される必要性はあるのだ。
しかしそのためには社会福祉法人自体が、自らの使命を充分自覚して、サービス展開する責任を社会全体に示す実践が欠かせないであろう。
それを忘れたら、社会福祉法人不要論は世論となる。
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感動の完結編。

masaさんのおっしゃることは、常日頃私も考えていることでして、「良質なサービスが正当に評価されない(報酬の面で)」この1点を以ってしても、介護保険に明日はないような気がしています。