今日紹介するのは、僕にとってはただ1曲だけ、同級生と協同作詞で作った唄である。

高校1年生の夏に、名寄高校から岩見沢西高校に転校した。そのときクラスメートになった一人に長沼町から通っているウチヤマくんがいた。

ところで僕らは共通1次試験の第1期生である。僕が現役として大学受験した年に、共通1次試験が導入された。

名寄高校は今でも進学校として名高いだろうし、自分で言うのもなんだが、僕も名寄高校時代は成績も上位であったし、国立大学の合格を目指す組に入っていた。

しかし(言い訳になるが)岩見沢西高校に転校したとき、使われている数学の教科書が違っており、名寄高校では2次関数の前にベクトルを習うのだが、岩見沢西高ではベクトルが先で、関数が後になっている教科書が使われており、僕が転校したときには2次関数の授業は終わってしまっていて、独学で学習するしかなく、これが数学の躓きの始まりとなった。

ベクトルは達人と言われるほど難問も解けたが、関数がさっぱり分からなかったのである。

まあ田舎から、それなりに8万人口がある市にやってきて、遊ぶところがたくさんあって、勉強に身を入れなかったということが最大の原因だが、関数に躓いて数学が分からなくなるのは自分のせいではなく転校と教科書のせいにして、文系も理数系もすべて網羅しなければならない共通1次をあきらめ、文科系の私大でもいいか、と思い始めていた時期に、かのウチヤマくんが、早稲田を目指していると知った。

自分の行く道はまだ分からなかったけど、明確に志望校があるウチヤマくんに頑張れよという気持ちがあった。

そんな話題で盛り上がったとき、何かの拍子にウチヤマくんから、自分の応援歌を作ろう、という話になって、詞は自分が書くから、曲を作ってくれということになった。

そのときウチヤマくんが作ってきたのが、この唄の1番である。

ただ曲にするには1番では格好がつかないと思って、2番は僕が歌詞を考えた。だからこの曲は作詞がウチヤマ君(1番の歌詞)と僕(2番の歌詞)の協同で、作曲が僕である。

応援歌というより、すこしファニーな調子で書いた記憶がある。それは1番のウチヤマくんが書いた「慶応の馬鹿ども やじる夢」というフレーズからの影響だと思う。慶応出身者が見たら激怒されるだろう。

もちろん曲は応援歌風に仕上げている。高校2年の終わりころに作った唄である。

ああ早稲田

昨日見た夢 何の夢
大隈講堂(おおくまこうどう)仰ぎ見て
一人涙を流す夢
熱気あふれる神宮で
慶応の馬鹿ども やじる夢
ああ遠のく 早稲田の森よ
君に捧げた あの誓い
今では 過去のものなのか

やると決めても 次の日は
必ず意思は くだけてる
人の性(さが)の 空しさよ
今日は鉢巻 締めてても
明日は挫折が 待っている
ああ遠のく 早稲田の森よ
僕は必ず やってくる
そのとき 待っていてくれよ

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