ちょうど1年前の9月のことである。父が14日に買い物途中に突然倒れて17日に息を引き取った。その父の1周忌の打ち合わせを数日前に母としたばかりである。
昨日午前中、職場に、その母が倒れて岩見沢市立病院に救急搬送されたと連絡が入った。1年前の悪夢を思い出すような気持ちで、とりあえず状況も分からないまま、職場のことを事務の課長に頼んで、登別から高速を飛ばし、岩見沢の市立病院に駆けつけた。所要時間は1時間20分くらいである。
認定審査会の日であったので、職場に出る際も課長に、認定審査会には間に合うように一旦戻ってくると告げて出かけた。
見込みが甘かった。昼頃についた時、くも膜下出血とのことで母は血管造影中であった。2時間ほどして検査が終了したが、即手術をして動脈瘤をクリップで留めて再出血しない処置が必要ということである。僕以外の家族では、とりあえず僕の妻が向かっているが、この状態で審査会にユーターンも不可能である。
午後2時過ぎ市の担当者に電話をかけ事情を説明し、審査会を欠席させてもらった。合議体の副長なので司会をつめる立場であり、本日の僕の合議体は開催できないことになってしまった。事情が事情とはいえ関係の皆さんにはご迷惑をかけてしまった。この場を借りお詫びしたい。
さて話を戻す。母のくも膜下出血のレベルは下から2番目(軽いほうから)のレベル2で、95%の確立で麻痺も残らないだろう、手術は5時間程度との見込みをと告げられ午後5時30分から手術が始まった。
ところが予定時間の10時30分を過ぎても手術は終わらず、午前0時も過ぎ1時も過ぎていく。当然、手術が延びる原因があったということだ。結局手術が終了したのは今朝の午後2時30分頃のことで、約9時間の時間が経過した。
処置する予定の動脈瘤が脳の一部と癒着していた為、手術の最初の部分で再出血を起こし、血管を止めたり、輸血したりする処置が必要となった結果である。幸い手術自体は無事終え、命に別状はないが、今後、どのように後遺症が残るか、残らないか、見守らねばならない。
今、母はまだこん睡状態である。僕はほとんど一睡もしていないが、来月依頼されているシンポジウムの抄録を800字程度にまとめて今日中に送る約束もあるし、何より今日午後から専門学校で特別講義を3時間依頼されており、穴をあけられないので、とりあえず病院には妻を残し、早朝に再び高速を飛ばし職場に戻り、抄録の原稿を仕上げ、今これを書いている。
父が倒れたときもブログを書いた。そういう場合ではないといわれかねないが、母のことをこういう形でも記録に残すことも僕にとっては必要なことと思っている。
午後の特別講義が終わり次第、母からすればたった二人の孫である僕の息子を連れ、岩見沢市立病院に戻る予定である。きっと明日か明後日には、孫の顔をみて応答をしてくれるだろう。。そして元気になってくれるだろう。そう信じている。
そういう状況なので、掲示板の書き込み、レスポンス、このブログの更新も月曜まではできないと思う。掲示板の管理は、いつものようにコバクンが滞りなく行ってくれるので心配はないが、僕の書き込みはできないのでご了承願いたい。
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昨日午前中、職場に、その母が倒れて岩見沢市立病院に救急搬送されたと連絡が入った。1年前の悪夢を思い出すような気持ちで、とりあえず状況も分からないまま、職場のことを事務の課長に頼んで、登別から高速を飛ばし、岩見沢の市立病院に駆けつけた。所要時間は1時間20分くらいである。
認定審査会の日であったので、職場に出る際も課長に、認定審査会には間に合うように一旦戻ってくると告げて出かけた。
見込みが甘かった。昼頃についた時、くも膜下出血とのことで母は血管造影中であった。2時間ほどして検査が終了したが、即手術をして動脈瘤をクリップで留めて再出血しない処置が必要ということである。僕以外の家族では、とりあえず僕の妻が向かっているが、この状態で審査会にユーターンも不可能である。
午後2時過ぎ市の担当者に電話をかけ事情を説明し、審査会を欠席させてもらった。合議体の副長なので司会をつめる立場であり、本日の僕の合議体は開催できないことになってしまった。事情が事情とはいえ関係の皆さんにはご迷惑をかけてしまった。この場を借りお詫びしたい。
さて話を戻す。母のくも膜下出血のレベルは下から2番目(軽いほうから)のレベル2で、95%の確立で麻痺も残らないだろう、手術は5時間程度との見込みをと告げられ午後5時30分から手術が始まった。
ところが予定時間の10時30分を過ぎても手術は終わらず、午前0時も過ぎ1時も過ぎていく。当然、手術が延びる原因があったということだ。結局手術が終了したのは今朝の午後2時30分頃のことで、約9時間の時間が経過した。
処置する予定の動脈瘤が脳の一部と癒着していた為、手術の最初の部分で再出血を起こし、血管を止めたり、輸血したりする処置が必要となった結果である。幸い手術自体は無事終え、命に別状はないが、今後、どのように後遺症が残るか、残らないか、見守らねばならない。
今、母はまだこん睡状態である。僕はほとんど一睡もしていないが、来月依頼されているシンポジウムの抄録を800字程度にまとめて今日中に送る約束もあるし、何より今日午後から専門学校で特別講義を3時間依頼されており、穴をあけられないので、とりあえず病院には妻を残し、早朝に再び高速を飛ばし職場に戻り、抄録の原稿を仕上げ、今これを書いている。
父が倒れたときもブログを書いた。そういう場合ではないといわれかねないが、母のことをこういう形でも記録に残すことも僕にとっては必要なことと思っている。
午後の特別講義が終わり次第、母からすればたった二人の孫である僕の息子を連れ、岩見沢市立病院に戻る予定である。きっと明日か明後日には、孫の顔をみて応答をしてくれるだろう。。そして元気になってくれるだろう。そう信じている。
そういう状況なので、掲示板の書き込み、レスポンス、このブログの更新も月曜まではできないと思う。掲示板の管理は、いつものようにコバクンが滞りなく行ってくれるので心配はないが、僕の書き込みはできないのでご了承願いたい。
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感動の完結編。

明日はわが身といいますが、昨年に続いての9月の変化、ご家族としてのお立場心痛をお察しいたします。
お母様の病状が安定し、快方に向かうことをお祈りしています。
masaさんご自身のお身体も、ご無理をなさらず(無理でしょうか…)ご自愛くださいね。