暑い日になって今日は半袖でも良いくらいである。20度を超えているかもしれない。
ところで先週土曜に、深川市で北空知介護支援専門員連絡協議会研修会において「より良いケアプランを作るために〜改正介護保険制度におけるケアマネジメント〜」というテーマで講演を行ってきた。デマンドとニーズの違い、ニーズを引き出す方法等を、新制度で求められているルールに即して考えてみた。
内容が期待に添えたかは定かではない。その内容とは別角度ではあるが、関連することを今日は考えて見たい。
必要のない過剰なサービスを介護サービス計画に位置づけることは許されることではない。
単に利用者のデマンドだけにスポットを当てて、ニーズに対応せず、欲求を満たすためだけのプランも不適切だ。
それは介護保険制度が強制加入の社会保険料で運営され、サービスの利用に対する給付費も、その国民の税金と保険料で賄われているからであり、特にこの制度においては65歳以上の高齢者に占める要支援・要介護認定者の割合は昨年4月時点で全国平均15.7%である。つまり大多数の人は保険料を支払うだけでサービス利用をしていないということを意味していることを考えると、制度の維持継続には適正給付は最も必要な観点であるといえる。
つまりサービスを使わない人の支払っているお金で、サービス利用している人が支えられている制度であることを考えると、納税意欲・保険料負担意欲をそがない為にも、適正給付としての適切なサービス利用という意識は、担当ケアマネジャーも利用者も当然持つべき視点であるといえる。
ところが昨今、介護の現場で、この適正給付の説明をするケアマネジャーの中に「必要のないサービスを使うことで逆に機能が衰えてしまう」といいことを強調するあまり、利用者にとって必要なサービスまで制限してしまう事例がいくつか見られた。
特に定額報酬のサービスの中でこれが多い。アセスメントの結果とサービスがリンクしておらず、一方的なサービス事業所の都合により時間や回数制限が行われている事例だ。
これに対して、担当ケアマネが適切にケアできていない。適切に指導できていないケースがある。むしろサービス事業所の主張に全面降伏して、必要な支援が行われていない例がある。
そういう点を指摘すると「予防訪問介護では家事は利用者と一緒にせねばならない」(これが間違っていることは「介護予防訪問介護の問題を考える」を参照してほしい。)「過剰サービスで機能維持が図れなくなる可能性が高い」という声が聞かれる。
確かにできることを他者に委ねて、機能活用と維持が図れなくなることは問題だし、そういう例もあるだろうことを否定はしない。しかしサービスを使うことが、即、機能低下に繋がるかのような指導は逆に、利用者の不安感をあおったりする結果に繋がる事例が見られる。
結果として、利用者とケアマネの信頼関係が壊れ、不信感だけが利用者に残る例が見られる。担当ケアマネジャーは、もっと適正給付というものを、機能低下に特化せず、制度の意味として利用者に伝えなければならないのではないだろうか。
このことが行われず、悪戯に機能低下のリスクだけが叫ばれるような風潮は、制度改正に伴う介護給付費議論の影響が大きかったのではないかと思える。
いわゆる軽介護者の状態悪化率が大きく、それは不適切なサービス利用により家事援助を中心とした過剰サービスがもたらした影響だという議論である。
しかし、事実として言っておくが(過剰サービスは決して容認しないが)家事援助などのサービスを安易に組み入れたことで状態が悪化、身体機能が低下するというエビデンスはいまだ存在していない。それより大きな問題は別にある。
そのことがわかっていないケアマネジャーは適切な支援計画が作れないと考えている。その問題とは何か。
(明日に続く)
介護・福祉情報掲示板(表板)
ところで先週土曜に、深川市で北空知介護支援専門員連絡協議会研修会において「より良いケアプランを作るために〜改正介護保険制度におけるケアマネジメント〜」というテーマで講演を行ってきた。デマンドとニーズの違い、ニーズを引き出す方法等を、新制度で求められているルールに即して考えてみた。
内容が期待に添えたかは定かではない。その内容とは別角度ではあるが、関連することを今日は考えて見たい。
必要のない過剰なサービスを介護サービス計画に位置づけることは許されることではない。
単に利用者のデマンドだけにスポットを当てて、ニーズに対応せず、欲求を満たすためだけのプランも不適切だ。
それは介護保険制度が強制加入の社会保険料で運営され、サービスの利用に対する給付費も、その国民の税金と保険料で賄われているからであり、特にこの制度においては65歳以上の高齢者に占める要支援・要介護認定者の割合は昨年4月時点で全国平均15.7%である。つまり大多数の人は保険料を支払うだけでサービス利用をしていないということを意味していることを考えると、制度の維持継続には適正給付は最も必要な観点であるといえる。
つまりサービスを使わない人の支払っているお金で、サービス利用している人が支えられている制度であることを考えると、納税意欲・保険料負担意欲をそがない為にも、適正給付としての適切なサービス利用という意識は、担当ケアマネジャーも利用者も当然持つべき視点であるといえる。
ところが昨今、介護の現場で、この適正給付の説明をするケアマネジャーの中に「必要のないサービスを使うことで逆に機能が衰えてしまう」といいことを強調するあまり、利用者にとって必要なサービスまで制限してしまう事例がいくつか見られた。
特に定額報酬のサービスの中でこれが多い。アセスメントの結果とサービスがリンクしておらず、一方的なサービス事業所の都合により時間や回数制限が行われている事例だ。
これに対して、担当ケアマネが適切にケアできていない。適切に指導できていないケースがある。むしろサービス事業所の主張に全面降伏して、必要な支援が行われていない例がある。
そういう点を指摘すると「予防訪問介護では家事は利用者と一緒にせねばならない」(これが間違っていることは「介護予防訪問介護の問題を考える」を参照してほしい。)「過剰サービスで機能維持が図れなくなる可能性が高い」という声が聞かれる。
確かにできることを他者に委ねて、機能活用と維持が図れなくなることは問題だし、そういう例もあるだろうことを否定はしない。しかしサービスを使うことが、即、機能低下に繋がるかのような指導は逆に、利用者の不安感をあおったりする結果に繋がる事例が見られる。
結果として、利用者とケアマネの信頼関係が壊れ、不信感だけが利用者に残る例が見られる。担当ケアマネジャーは、もっと適正給付というものを、機能低下に特化せず、制度の意味として利用者に伝えなければならないのではないだろうか。
このことが行われず、悪戯に機能低下のリスクだけが叫ばれるような風潮は、制度改正に伴う介護給付費議論の影響が大きかったのではないかと思える。
いわゆる軽介護者の状態悪化率が大きく、それは不適切なサービス利用により家事援助を中心とした過剰サービスがもたらした影響だという議論である。
しかし、事実として言っておくが(過剰サービスは決して容認しないが)家事援助などのサービスを安易に組み入れたことで状態が悪化、身体機能が低下するというエビデンスはいまだ存在していない。それより大きな問題は別にある。
そのことがわかっていないケアマネジャーは適切な支援計画が作れないと考えている。その問題とは何か。
(明日に続く)
介護・福祉情報掲示板(表板)


感動の完結編。

介護保険が社会保険方式だと思っていたら大間違いだということを、皆さんご存知でしょうか。名称は確かに「保険」ですが、その実態はまさしく税金に他ならないと私は思います。強制加入と徴収の関係を見れば、一目瞭然。だからmasaさんが言うように適正な給付が当然求められることになります。
確かに措置制度から、法の理念に照らし合わせていくと随分変わったように思えるけど、経営観点から見れば何も変わっていない、むしろ国のいいように操作されていると感じるのは私だけでしょうか・・・ね。