当地域の介護支援専門員の地域会「のぼりべつケアマネ連絡会」の定例会研修会で、以前、医師で認定ケアマネの資格を持つ方に「介護支援専門員の教育」をテーマに講演を行っていただいたことがある。
そのときの講師の方が技術のない介護支援専門員が生活支援の計画を立てることについて、そのことを医師に置き換えて考えたら、どんなに恐ろしいことか、というような話をしていた記憶がある。
ふとそのことを思い出したので、概略を紹介したい。
介護支援専門員は資格試験に合格し、実務研修を受けた後(他職種としての5年の実務はあるといっても)介護支援専門員としての実務経験がまったくなくても介護計画を立て、利用者支援を行うことができる。前職がソーシャルワーカーなど、ケアマネジメントに関連する支援の経験がある職種であるとは限らない場合でも、いきなり利用者の支援行為にかかわるということである。
そうすると実務研修を通じ、いくらケアマネジメントを勉強したとはいっても、実際にアセスメントツールを使って、生活課題やそれに対する目標を導く方法を知っているとしても、充分な援助方法がわかっていない有資格者、マネジメント技術が拙劣な有資格者もいる。
しかしそういう状態でも、サービス種類や事業所がわかっておれば、利用者が使うサービスプランを立てることはできるわけである。
しかし同じ介護サービスとはいっても、事業所ごとに特徴や得手、不得手があるかもしれないし、サービス提供方法にも違いがあるかも知れず、利用者と必要な社会資源を結び付けるに際しては、本来、サービス種類とか事業所名を知っていることにとどまらず、そのサービスや事業所を利用者に結びつけることで、どういう支援を受けられるのか、という部分にまでケアマネジメントの視点は及ばねばならないし、アセスメントとはそういった部分を含んだものでなければならない。
そのためにサービス担当者会議の必要性も出てくるのであるが、技術や知識に欠ける介護支援専門員ほど、このサービス担当者会議も機械的、形式的に行いがちである。
サービスの種類や事業所は知っているが、そのサービス内容や、それがもたらす効果について深い考証ができない介護支援専門員の問題である。こういう人に限って給付管理としてのお金の計算は得意だったりする。(それは偏見とは思うが・・。)
こういう状態を医師に例えたら、医師免許は持っていて、薬の種類や薬価はよく知っており、どういう病気や症状に対して、どんな薬を処方する必要があるかという知識は人並み以上で、どの薬が何点で、どれくらい使える、ということには詳しい、しかし臨床経験に乏しく、その他の医療技術は拙劣で、薬を使用した際の個別の効用や副作用等に関するアプローチに欠ける、という状態と似通ってはいないか、という話である。
「あなたはこういう医者にかかりたいですか?」という投げかけがあった。ハイという参加者は当然ながらいなかったが、介護サービスの利用者は、望む望まないに関わらず、知らないうちに「藪医者」にかからねばならないような状況に実際おかれることがある、という意味だろう。
なるほど、そう考えると我々現場の支援に関わるものの責任はより重大であることが理解できる。単に利用者とサービスを結びつけて、給付管理をきちんとできる、ということで終わってはいけないし、利用者もそれ望んでいないということだろう。
ここは謙虚に、ケアマネジメント技術の研鑽に努めるという意味から、例えばなしに出てくるようなケアマネになってはいけないと真摯に受け止めよう。
医療技術より権威を振りかざす医師もいるなんていう無粋なことを、こういうときに言ってはイカンのである。
介護・福祉情報掲示板(表板)
そのときの講師の方が技術のない介護支援専門員が生活支援の計画を立てることについて、そのことを医師に置き換えて考えたら、どんなに恐ろしいことか、というような話をしていた記憶がある。
ふとそのことを思い出したので、概略を紹介したい。
介護支援専門員は資格試験に合格し、実務研修を受けた後(他職種としての5年の実務はあるといっても)介護支援専門員としての実務経験がまったくなくても介護計画を立て、利用者支援を行うことができる。前職がソーシャルワーカーなど、ケアマネジメントに関連する支援の経験がある職種であるとは限らない場合でも、いきなり利用者の支援行為にかかわるということである。
そうすると実務研修を通じ、いくらケアマネジメントを勉強したとはいっても、実際にアセスメントツールを使って、生活課題やそれに対する目標を導く方法を知っているとしても、充分な援助方法がわかっていない有資格者、マネジメント技術が拙劣な有資格者もいる。
しかしそういう状態でも、サービス種類や事業所がわかっておれば、利用者が使うサービスプランを立てることはできるわけである。
しかし同じ介護サービスとはいっても、事業所ごとに特徴や得手、不得手があるかもしれないし、サービス提供方法にも違いがあるかも知れず、利用者と必要な社会資源を結び付けるに際しては、本来、サービス種類とか事業所名を知っていることにとどまらず、そのサービスや事業所を利用者に結びつけることで、どういう支援を受けられるのか、という部分にまでケアマネジメントの視点は及ばねばならないし、アセスメントとはそういった部分を含んだものでなければならない。
そのためにサービス担当者会議の必要性も出てくるのであるが、技術や知識に欠ける介護支援専門員ほど、このサービス担当者会議も機械的、形式的に行いがちである。
サービスの種類や事業所は知っているが、そのサービス内容や、それがもたらす効果について深い考証ができない介護支援専門員の問題である。こういう人に限って給付管理としてのお金の計算は得意だったりする。(それは偏見とは思うが・・。)
こういう状態を医師に例えたら、医師免許は持っていて、薬の種類や薬価はよく知っており、どういう病気や症状に対して、どんな薬を処方する必要があるかという知識は人並み以上で、どの薬が何点で、どれくらい使える、ということには詳しい、しかし臨床経験に乏しく、その他の医療技術は拙劣で、薬を使用した際の個別の効用や副作用等に関するアプローチに欠ける、という状態と似通ってはいないか、という話である。
「あなたはこういう医者にかかりたいですか?」という投げかけがあった。ハイという参加者は当然ながらいなかったが、介護サービスの利用者は、望む望まないに関わらず、知らないうちに「藪医者」にかからねばならないような状況に実際おかれることがある、という意味だろう。
なるほど、そう考えると我々現場の支援に関わるものの責任はより重大であることが理解できる。単に利用者とサービスを結びつけて、給付管理をきちんとできる、ということで終わってはいけないし、利用者もそれ望んでいないということだろう。
ここは謙虚に、ケアマネジメント技術の研鑽に努めるという意味から、例えばなしに出てくるようなケアマネになってはいけないと真摯に受け止めよう。
医療技術より権威を振りかざす医師もいるなんていう無粋なことを、こういうときに言ってはイカンのである。
介護・福祉情報掲示板(表板)


感動の完結編。

この記事、ほんと私も耳が痛いです。時々、医者に対して不快感を示す時がありますが、自分を医者に例えたら、私もきっと藪医者なんだろうなあと感じてしまいました。
少しでも名介護支援専門員に慣れるよう頑張りたい思います。
最後に、これからの記事も楽しみにしています。