僕は、このブログや北海道医療新聞社の介護新聞に連載していたコラムに「施設のケアマネジメント」について幾度か書いてきた。その後、考察をしなおして新たにまとめたものを日総研の介護リーダー2006で発表している。その主な内容について、同誌をとっていない人のために、ここであらためて今日から3日間に渡って紹介しようと思う。一部、以前このブログに書いた内容と重複があるが、総まとめとして読んでいただきたい。

位置づけが不明瞭な施設の介護支援専門員

介護保険制度が始まった当初、施設の介護支援専門員は他の職種との兼務が多かった。

しかし最近は専任の介護支援専門員を配置する施設が増えている。その流れの中で施設の介護支援専門員の役割や位置づけが確立されていくのであろうか。

しかし介護支援専門員の単なる専任配置だけで、そのことの実現は不可能だろう。むしろケアマネジメントの理解が不十分な現状で、介護支援専門員の支援方法を考えるのでは、ますますその役割や業務内容が不明瞭になり、専任職員の混迷が深まるだろう。では何が必要なのだろうか。

今日の各施設における状況をみると、介護支援専門員の位置づけが確立されているとはいえず、その役割も業務内容も施設間格差が大きい。またケアマネジメントとケアサービスが有機的に結びついておらず施設ケアプランが制度のルールにあわせただけの机上の空論、形式上のものだけになっている例も見受けられる。

この原因を考えたとき、この制度における介護支援専門員の役割や業務内容が居宅介護支援における立場から考えられたことで、施設の介護支援専門員の業務と共通しない部分に対する考察が不十分なまま、施設に介護支援専門員が配置され、施設サービスの支援体制のどこを介護支援専門員が担うかが不明確なまま経過していることに起因した問題ではないかと思える。

介護支援専門員の業務は、ケアマネジメントの方法論も含めて、本来居宅と施設の立場の違いによる相違はないという意見もあるだろうが、決してそう単純な問題ではない。このことについて考えてみたい。

居宅サービスを中心にした日本型ケアマネジメント

介護保険制度におけるケアマネジメントはアメリカで1970年代に始まったケースマネジメントの考え方をベースにしている。

その理念は高齢者が何らかの生活課題を抱えている場合、その支援に際しては、単一のニーズや問題点というよりも、潜在的なものを含めて複数の二ーズや問題点を持っている援助対象者として捉え、社会資源を利用者に結びつける際に、窓口を一元化して各サービスの連携を図るとする考えだ。

それは精神障害者が医療機関から退院した際に、地域で必要なサービスを有機的に結び付けた米国の方法論を下敷きに考えられたこともあり、この手法を取り入れたわが国の介護保険制度は、どうしても居宅サービスを中心に考えざるを得なく、介護支援専門員という専門有資格者を制度の中心に位置づけ、窓口となり高齢者と介護保険サービスを中心にした社会資源を結びつける手法を中心にしてサービスが提供される仕組みを作り上げた。

つまり居宅サービスの方法論として作り上げられたシステムであるという性格が強い。そしてここでの援助技術は、所属も内容も違う各種サービスを有効に利用者に結び付けるに当たって、アセスメントを含めたケアマネジメントの専門技術が的確に発揮される必要があり、居宅介護支援事業所の介護支援専門員の展開する援助技術は、このケアマネジメントが中心になるわけである。

しかし本来、ケアマネジメントはソーシャルワークの1技術である。それを中心的な手法とする居宅サービスにおいても介護支援専門員はソーシャルワーカーとしてバイスティックの7原則をはじめとした基礎知識や、その他の基本援助技術を持っていなければならない。

つまり介護支援とは高齢者のニーズを単なるインペアメント(身体的な機能障害)とADLに関わるニーズとして捉えるのではなく、利用者が抱える社会的不利(ハンデキャップ)という観点からも捉え、生活障害としてその問題を捉え援助するという意味である。要援助者が、どのような家族環境や地域環境の中で生活し障害が不利な状況になっていないかも視点として捉え、インペアメントやディスアビリティ(能力障害)に改善がなくとも、家族や地域の環境を調整することでも生活課題が改善できるという視点を持つものである。簡単に言えば問題や障害は、あくまで「生活障害」であり、必要なのは「生活支援」の視点なのだ。

だから介護支援専門員は、生活支援の専門職であり、ソーシャルワーカーである。それをケアマネジャーと言い換えられることにより大きな錯誤が生じ、そこに業務内容が大きく誤解される危険性が生ずる。
明日に続く

介護・福祉情報掲示板(表板)