僕のサイトの平日アクセス数をみると、トップページと、このブログは、1日平均2.000件くらいである。それに比べて表の掲示板は倍以上の5.000件のアクセスがある。
トップページにも、タイムリーな情報や、便利に使えるオリジナル書式などを随時掲載していて更新頻度は低くないと思うが、やはり情報掲示板は毎日動いているので、訪問者も多く、同時に、1日何度も訪問される方が多いため、そういう数字になっていると思う。
一方、このブログは、1昨年10月から始めているので、サイトの中では新参者である。それも日々、訪問者が増えて1日2.000件を超える日が多くなっているが、掲示板のように様々なスレッドの話題が見れるわけではなく、毎日1回しか記事も更新していないし、それゆえ訪問者も1日に1度きりの人が多いだろうから、このアクセス数は僕としては驚きである。
いつまで書き続けられるかはわからないが、ブログは私的な日記的性格が強いので、やめたいと思えば、いつでもやめられると気楽に考えながら、日々、更新している。
しかし表の掲示板は、僕が管理をしているとは言っても、全国から多くの皆さんが貴重な情報や意見を書き込んでくれている。大切な情報源としているという連絡もいただいたりしている。
そうなると、この掲示板を「いつまで続けようか」と考えたとき、どういうタイミングで、どのように閉じようか、と考えることが、しばしばある。自分の都合だけで勝手に失くしてしまうわけにはいかないという責任感は当然持っている。
もちろん具体的に、今、サイトや掲示板を閉じようとしているという意味ではなく、「いつまでも、永遠には続けられない」という意味である。
管理ができない状態になったら、当然、閉じねばならないが、その前に、僕自身がレスポンスをつけられない状況、つまり制度や社会の変化に、僕の頭がついていくことができなくなったら掲示板の管理は無理だろうなと思っている。
なぜならそういう状態になれば、書き込まれた情報が正しい情報か、間違ったものか判断できず、誤った情報をずっと垂れ流し状態で掲載してしまうことになるからだ。それによって混乱を起こすのはまずいと思う。それだけの影響力もあるだろう。ただし閉じるときは、皆が納得できるように、かつ静かにそっと幕を引きたいと思っている。
話は逸れるが、小説家の幕引きも様々である。若い頃、すばらしい小説を書いていたのに、晩年には、筆力が明らかに衰えたと感じる小説を書いてがっかりさせられる小説家もいる。しかし吉村 昭さんのように最期の作品まで、その力がほとんど衰えず、研ぎ澄まされた作品を書かれていた方もおられる。
しかし司馬 遼太郎さんの筆の置き方は異色であったと思う。いや正確には、氏の場合、最期まで筆は置かず、書くことはやめなかったが、ある時期から「小説」を全く書かなくなった。
晩年、司馬さんは、その執筆活動の集大成とも言える「この国のかたち」や「街道を行く」という名著を遺したが、これは小説ではなく随筆である。
小説を書かなくなった理由を、氏は「興味ある素材は書きつくした」という表現で語っていたと思う。その素材とは、戦国期を中心とした時代小説(こういう言い方をすると天国で氏は怒るだろうが)そして小説を書かなくなる直前までは、明治維新に繋がる幕末革命期がその舞台であったと思う。
司馬さんの最高傑作は「竜馬が行く」だと個人的には思っている。しかし維新に繋がる激動期を描いた小説で、僕が面白いと感じている司馬さんの小説は「竜馬が行く」と「峠」しかない。その2編だけは幕末、維新を描いた純粋な小説として面白いが、それ以外の作品は小説の枠を超えているように思える。
日清・日露戦争の時代を描いた「坂の上の雲」も面白い小説と思ったが、これは維新からは少し時代が過ぎており、おそらく氏の小説で描かれている時代としては、この「坂の上の雲」の時代が最後であろう。
他の幕末・維新期の小説「翔ぶが如く」「胡蝶の夢」「世に棲む日日」「花神」などの長編小説は、戦国期を描いた氏の作品とは描写が異質に感じる。面白くないということではなく、小説の部分が少ない、と感じる。むしろ氏の維新という時代、そこに至る日本人の考えに対する評論部分が全体の3割程度はある。論文に近い読み方が必要になっている作品と思う。
司馬さん、は自分の小説について「日本の歴史を知らない外国人が読んでもわかる、面白いと思える歴史小説を書いている」と言っていたことがある。
実際、幕末・維新期を書いたものでも短編は、歴史がわからなくても面白く読める小説に仕上げている。
しかし幕末から維新にかけての長編小説では、あたかも小説であることをやめようとしているかのように、その時代に生きた人々の考え方や、藩というものについてなど、様々な司馬さんなりの説明と論評が多くなっている。おそらくこの時期に生きた人々の姿から「日本人とは何か」というものを書くことに司馬さんの興味が移っていったんだろう。
それだけその時代が、様々なエネルギーで動いた激動の時代という証拠でもあるのだろう。吉田松陰、高杉晋作、坂本竜馬、西郷隆盛、大久保利通や大村益次郎・・・など、この時代に出現した個性ある人々は、この時代にこそ必要で、わざわざ神が天からこの国にあたえ賜うた、としか思えないようなに奇跡的な能力を持って出現している。
フィクションとしての小説より、事実のほうが面白いのである。
司馬さんは、そこから小説から随筆へと書く対象を変えていったのではないか。その中で、司馬さん自身が興味を持つテーマと、小説を求める読者との距離感を感じていったんではないかと思う。司馬さんはある時期から明らかに読者が読みたいものではなく、書きたいものだけを執筆の対象にしていったんだろうと思う。
そういう意味では、司馬さんが、小説家としての幕を下ろす過程は、作家としての幕引きの序章であったのではないだろうか。
司馬さんは、このように静かに幕を下ろしていったんだと思う。見事な「司馬遼太郎のかたち」である。
介護・福祉情報掲示板(表板)
トップページにも、タイムリーな情報や、便利に使えるオリジナル書式などを随時掲載していて更新頻度は低くないと思うが、やはり情報掲示板は毎日動いているので、訪問者も多く、同時に、1日何度も訪問される方が多いため、そういう数字になっていると思う。
一方、このブログは、1昨年10月から始めているので、サイトの中では新参者である。それも日々、訪問者が増えて1日2.000件を超える日が多くなっているが、掲示板のように様々なスレッドの話題が見れるわけではなく、毎日1回しか記事も更新していないし、それゆえ訪問者も1日に1度きりの人が多いだろうから、このアクセス数は僕としては驚きである。
いつまで書き続けられるかはわからないが、ブログは私的な日記的性格が強いので、やめたいと思えば、いつでもやめられると気楽に考えながら、日々、更新している。
しかし表の掲示板は、僕が管理をしているとは言っても、全国から多くの皆さんが貴重な情報や意見を書き込んでくれている。大切な情報源としているという連絡もいただいたりしている。
そうなると、この掲示板を「いつまで続けようか」と考えたとき、どういうタイミングで、どのように閉じようか、と考えることが、しばしばある。自分の都合だけで勝手に失くしてしまうわけにはいかないという責任感は当然持っている。
もちろん具体的に、今、サイトや掲示板を閉じようとしているという意味ではなく、「いつまでも、永遠には続けられない」という意味である。
管理ができない状態になったら、当然、閉じねばならないが、その前に、僕自身がレスポンスをつけられない状況、つまり制度や社会の変化に、僕の頭がついていくことができなくなったら掲示板の管理は無理だろうなと思っている。
なぜならそういう状態になれば、書き込まれた情報が正しい情報か、間違ったものか判断できず、誤った情報をずっと垂れ流し状態で掲載してしまうことになるからだ。それによって混乱を起こすのはまずいと思う。それだけの影響力もあるだろう。ただし閉じるときは、皆が納得できるように、かつ静かにそっと幕を引きたいと思っている。
話は逸れるが、小説家の幕引きも様々である。若い頃、すばらしい小説を書いていたのに、晩年には、筆力が明らかに衰えたと感じる小説を書いてがっかりさせられる小説家もいる。しかし吉村 昭さんのように最期の作品まで、その力がほとんど衰えず、研ぎ澄まされた作品を書かれていた方もおられる。
しかし司馬 遼太郎さんの筆の置き方は異色であったと思う。いや正確には、氏の場合、最期まで筆は置かず、書くことはやめなかったが、ある時期から「小説」を全く書かなくなった。
晩年、司馬さんは、その執筆活動の集大成とも言える「この国のかたち」や「街道を行く」という名著を遺したが、これは小説ではなく随筆である。
小説を書かなくなった理由を、氏は「興味ある素材は書きつくした」という表現で語っていたと思う。その素材とは、戦国期を中心とした時代小説(こういう言い方をすると天国で氏は怒るだろうが)そして小説を書かなくなる直前までは、明治維新に繋がる幕末革命期がその舞台であったと思う。
司馬さんの最高傑作は「竜馬が行く」だと個人的には思っている。しかし維新に繋がる激動期を描いた小説で、僕が面白いと感じている司馬さんの小説は「竜馬が行く」と「峠」しかない。その2編だけは幕末、維新を描いた純粋な小説として面白いが、それ以外の作品は小説の枠を超えているように思える。
日清・日露戦争の時代を描いた「坂の上の雲」も面白い小説と思ったが、これは維新からは少し時代が過ぎており、おそらく氏の小説で描かれている時代としては、この「坂の上の雲」の時代が最後であろう。
他の幕末・維新期の小説「翔ぶが如く」「胡蝶の夢」「世に棲む日日」「花神」などの長編小説は、戦国期を描いた氏の作品とは描写が異質に感じる。面白くないということではなく、小説の部分が少ない、と感じる。むしろ氏の維新という時代、そこに至る日本人の考えに対する評論部分が全体の3割程度はある。論文に近い読み方が必要になっている作品と思う。
司馬さん、は自分の小説について「日本の歴史を知らない外国人が読んでもわかる、面白いと思える歴史小説を書いている」と言っていたことがある。
実際、幕末・維新期を書いたものでも短編は、歴史がわからなくても面白く読める小説に仕上げている。
しかし幕末から維新にかけての長編小説では、あたかも小説であることをやめようとしているかのように、その時代に生きた人々の考え方や、藩というものについてなど、様々な司馬さんなりの説明と論評が多くなっている。おそらくこの時期に生きた人々の姿から「日本人とは何か」というものを書くことに司馬さんの興味が移っていったんだろう。
それだけその時代が、様々なエネルギーで動いた激動の時代という証拠でもあるのだろう。吉田松陰、高杉晋作、坂本竜馬、西郷隆盛、大久保利通や大村益次郎・・・など、この時代に出現した個性ある人々は、この時代にこそ必要で、わざわざ神が天からこの国にあたえ賜うた、としか思えないようなに奇跡的な能力を持って出現している。
フィクションとしての小説より、事実のほうが面白いのである。
司馬さんは、そこから小説から随筆へと書く対象を変えていったのではないか。その中で、司馬さん自身が興味を持つテーマと、小説を求める読者との距離感を感じていったんではないかと思う。司馬さんはある時期から明らかに読者が読みたいものではなく、書きたいものだけを執筆の対象にしていったんだろうと思う。
そういう意味では、司馬さんが、小説家としての幕を下ろす過程は、作家としての幕引きの序章であったのではないだろうか。
司馬さんは、このように静かに幕を下ろしていったんだと思う。見事な「司馬遼太郎のかたち」である。
介護・福祉情報掲示板(表板)


感動の完結編。
