自分自身の介護サービス計画を、セルフプランという方法によって自分自身で立案することで、真に自分ら生活のための介護計画が立てられるというのは幻想にしか過ぎないかもしれない。

いや、そういうセルフプランを立案できる人もいるだろうが、多くの人はそのようにはうまくいくまい。相当の知識と情報収集力が伴わねば、それは「画餅」に帰すだけであろう。特にセルフプランが独力を基本にして行われる作業であることで、自身の「隠されたニーズ」に気づかず、見過ごしてしまう弊害に対処できなくなる、というデメリットが生じやすくなる。

そういう意味で介護支援専門員がプランを作るということは、利用者が自身、独力で行っていた部分に介護支援専門員という専門家が介入して、より良いサービス利用の計画作りの手伝いをするという意味である。何も介護支援専門員に計画の「丸投げ」をしてしまうわけではないのであるし、その必要もない。

利用者や家族とともに、その人らしい生活で、かつ尊厳や人格、人権が守られ、より幸福な生活が実現できるための必要な支援の道案内をするのが介護支援専門員の役割であって、けっして介護支援専門員がケアプランを立てることが「マイプラン」でなくなるという意味ではないことを理解すべきであろう。

それは逆に言えば、介護支援専門員には、より専門的な知識が求められ、豊かな暮らしに繋がる支援能力が求められるという意味でもあり、セルフプランの方が良い暮らしが実現できる、なんて言われるケアマネジメントのレベルでは困るという意味を含んでいるということだ。

ケアマネジメントの能力が問われるのは言うまでもなく、セルフプランのデメリットが解決できないケアマネは必要とされないということである。

さて、ケアプランの作成過程において、セルフプランと居宅介護支援事業所の介護支援専門員に依頼するプランを比較したとき、両者について決定的に差が生ずる部分がある。

前者に比して、後者が圧倒的に経験則によるサービスの品質向上が図りやすいという点である。

それは介護サービスの特性に絡んだ問題でもある。つまり介護サービスは形のないサービスであるが故に使ってみないとわからない、という部分が非常に多いという特徴を持っている。

セルフプランの場合、実際に自分が使ってみての経験則から、そのサービスを評価することしかできないが、ケアマネの場合、たくさんのケースを抱えているため、他者のサービスの利用状況を通じてではあるが、様々な経験からの判断知識を得ることが可能となり、そこからサービスの評価ができるというメリットがある。

もちろん、個人に提供されるサービスが、すべての人に対し同じような効果が出るわけではないが、様々なケースを経験することによって予見できるピースが増えるということは大きい。

たくさんのケースを持つ経験は、介護サービスの種類も保険内にとどまらず、見て、聞いて、使ってもらって評価する経験もセルフプランと比較にならないほど、その機会が多いということである。ここから生まれる経験則は生活の質の向上を考える際には大きな財産になるであろう。

このサービスを、こんなふうに使うことで、Aさんにはこんな変化があった、ということは自身の計画の中だけでは、なかなか経験できないものである。そうした経験の積み重ねの中から、専門家としての力がつけられスキルアップされ、より質の高いマネジメントができるようになっていく「成長するケアマネ」が利用者に関わる効果は大であろう。

生活課題から問題解決を考える際には、利用者本人や家族が自分自身のニーズを認識していない「潜在的ニーズ」へのアプローチが重要になる。このアプローチに対しては、主人公である利用者自身より、専門家としての第3者が介入したほうがより的確なニーズ認識に繋がる可能性が高い。

高齢者は単一のニーズや問題点というよりも、潜在的なものを含めて複数の二ーズを持っており、窓口を一元化して、そうした援助対象者と社会資源を結びつけるシステムがケアマネジメントであり、わが国では介護保険の制度の中心に介護支援専門員という専門資格を位置づけ、介護支援専門員が窓口となり高齢者と介護保険サービスを中心にした社会資源を結びつけるシステムを作っている。

そのことを含めて、専門家が介入するケアプランのメリットを生かしてサービス利用を行ってもらいたい。

当然、その前提にはケアマネの能力が問われ、専門家として恥ずかしくないケアマネジメント技量を備えた介護支援専門員が地域で求められるということが前提である。

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