僕の最終学歴は北星学園大学である。

学籍番号は791235で(79)79年入学の(1)文学部(2)社会福祉学科(35)クラスでは35番目、という意味だったと思う。

当時、大学のあった大谷地は今のように地下鉄の駅もなく、周りも札幌市内とは思えないほど閑散としていた。

いまでは町並みもすっかり変わってキャンパスも新しくなってしまって、隔世の感があるが、それでもたまにキャンバスを訪れると懐かしく思えてしまうのはなぜだろうか。

この大学で福祉と出会い、福祉を勉強し、この道に進むことになったわけであるが、最初から福祉の道に進むことを目指していたわけではない。そのことや最終的にこの世界に入ったきっかけについては1昨年の12月に書いた

Think about my Daughter1 〜もうひとつの少年期との出会い
Think about my Daughter 2 〜 僕は天使ぢゃないよ。」
Think about my Daughter 3 〜 彷徨:さすらい
Think about my Daughter 4 〜 最終章:光と影。」

こちらを読んでいただくと良くわかると思う。この思いを書きたくてブログを立ち上げたような気もする・・・。

さて話を戻すが、その学生時代に同じクラスであった女の子から、先週末にメールをいただいた。結婚後も医療機関でケースワーカーを続けている彼女とは、第1回の介護支援専門員の試験会場で会ったのが最後であったような気がする。

彼女の連絡は、このブログを見て、僕が書いていることを知ってびっくりした、というものである。

所属機関の医師の依頼で、特養の看取り介護について調査していて、たまたま僕のサイトにたどり着き、ブログも読んでいたら、僕が書いているものだとわかったという。masaというハンドルネームは、高校・大学時代に「マサ」と呼ばれていたことから名乗っているし、プロフィールも載せているので知り合いなら誰でもわかる。実際に同級生でいつも僕のブログを読んでる、という友達もいる。ましてや同じ業界に就職している友達も多いので、たまたまネット検索してたどり着くという知人や友人がいることはさほど偶然ではないかもしれない。

しかし見ず知らずの人が読んでいるのと、知り合いが読んでくれていると思うのでは少し感覚が違う。例えば家族がこれを読んでいるとしたら照れくさくてどうしようもない。絶対に見せたくはない。

友達はどうだろう。照れくささも少しはあるが、それと同時に読んでくれているという嬉しさや懐かしさのほうが強いかもしれない。しかし・・・である。

ブログというのは表の掲示板と違って、かなり勝手で独善的な意見を何の遠慮もしないで極論的に書く場合もある。かなり生意気に意見を述べることも多い。

けど学生時代の僕を知っている人には「ずいぶん偉そうなことを言うようになったもんだ」「お前がそんな口をきけるようになったんだ。」と思われているかもしれない。学生時代は皆、青いものだが、それに加え僕は人一倍不真面目で、ちゃらんぽらんで、福祉の道には進みそうもない大学生と見られていたと思う。

クラスで最初の授業で教室を見回したとき、革ジャン、オールバックにサングラスは僕ともう一人くらいであったろうし(今考えるとひどい格好だね。恥ずかしい!!なあトオル!!)、「仏のY教授」の授業では出席カードを受け取った瞬間に上級生を差し置いて堂々とエスケープする不真面目さを「もう少し遠慮してこそこそ出ろよ」と友達に言われたこともある。代返を頼んだことも数知れない。社会学のK助教授の授業ではスポーツ新聞を堂々と読んでいて、しかもめくる音が遠慮無しで、とうとう退室を命じられたこともある。

ちなみに老人福祉論は優良可の「可」で単位をとっている。ひでえ・・・。

いくら生意気に理屈を語っても同級生には説得力がないよなあ。でも、そんな僕も、ある時期から「更正?」して頑張ってるんだから過去のことは時効にしてもらおう!!

そんな僕ではあるが、彼女のメールに嬉しい一言があった。

『ブログを読ませていただき、「そうそう!」と、楽しく?読ませていただきました。こういう考え方って、あの大学の影響って大きいのだろうかとも』

その通りなんだ。不真面目な学生が、のめりこんでしまう大切なものを僕は当時のあのキャンバスの中で見つけることができた。酒を飲んだ後、薄野から大谷地まで歩いたなんて無茶もしたけど、そのときも何だか、この国の社会福祉の現状はいかん、なんてしゃべりながら歩いた覚えがある。

当時の頭でっかちで、何もわかちゃいない青さが言わせた言葉であるが、あのキャンバスで学んだり、友達と議論したものが今の僕の考え方の根底になっていることは間違いないし、それに共感してくれる同級生がいるということは、まさに僕らの体の中に、先輩たちが築き上げてきた北星の歴史と遺伝子が組み込まれているという気がした。

なんだか学生の頃の、青くて、酸っぱいような気持ちを少しだけ思い出した。