1昨年が69人、昨年66人・・・・。

この数字が何を意味するかお分かりだろうか?・・・実は阪神大震災で被害にあわれた方が暮らす復興支援住宅で「孤独死」された高齢者の数である。

1月17日、12年前のこの日にあの震災は起こった。あれから12年という時が刻まれているのに、いまだ復興支援住宅で暮らす多くの方々がいる。そしてその49%が65歳以上の高齢者であるという。その意味は、復興支援住宅の高齢化率は49%であるという意味と同じだ。

そして、その中で、毎年、誰にも看取られることもなく、場合によっては必要な医療や介護支援を受けることもできずに消えていったたくさんの生命(いのち)がある。

つまりそこに住まう人々は、あの震災で大切な土地や家屋や財産を失っただけではなく、それまでの地域社会における人間関係まで失ってしまったということだろう。中には家族を失って身寄りのなくなった高齢者の方もいるだろう。

命一つ助かっても、失ったものが大きいことには変わりない。あの仮設住宅の中で、一人寂しく死を迎えていった人々が最期に見ようとしたもの、感じた思いは何であろうか。

震災は、終わっていない。
僕にできることは、ただ安らかであれ、と祈ることのみである。

阪神大震災の被災者で、震災から2月後に縁あって当施設に入所された方は、昨年6月、87歳で亡くなられた。

震災により、住み慣れた地域から離れざるを得なかったその方は、結婚暦も無く、子供もおらず、兄弟姉妹も既になく、遠い親戚を頼って、この施設に住まれることになった。そして最期の時まで11年以上の月日を我々とともに、ここを終の棲家として過ごされたわけであるが、その選択に我々が応えることができたのであろうか。

その答は返ってこないが、少なくともその問いかけができる生活支援であらねばならない。

生前、震災の話はほとんど触れない方であったが、彼女が家を飛び出た数分後に、その住宅は全壊し、預金通帳も年金証書も、身の回りの品物もすべて瓦礫の下に埋もれてしまったという話を聞いたことがある。さぞや恐ろしい体験であったろう。それが証拠に震災が原因のPTDSの症状がある小中学生が500人以上いるそうである。

それらの人々の傷が少しでも癒される地域づくり、国づくりこそ「美しい国」といえるのではないだろうか。

「美しい国」という言葉を都合よく使って、社会的に弱者と呼ばれる人々の犠牲の上に成り立つ社会は恥であり、そういう社会構造を持つ国は先進国とはいえない。

我々は今、大切な地域の関係、人との結びつきを、時の経過とともにに失っているんだ。そのことを大人たちが意識して、子供たちにも伝えていかねばならない。社会福祉や介護の専門家としてではなく、今、この時代に生きる一人の人間として、ここでやらねばならないものがある。