僕が福祉の道にすすんだきっかけや動機については昨年12月のブログThink about my Daughterの中で「もうひとつの少年期との出会い」「僕は天使ぢゃないよ」「彷徨」として3日間にわたって書いている。

(まだ読んでいない方で興味のある方は、Archivesの2005年12月のブログを読んでください)

その頃から、福祉の仕事は決して大金持ちになれる仕事ではなかった。お金を稼ぐ為に選択するような職業とはいえなかったであろう。

しかし措置費で公費運営される施設の職員は、準公務員とみなされ、給与規定も国家公務員に準じていた(準じてとは低いという意味ではなく同じという意味である)し、退職金制度にも公費が支出されていたし、安定した職業であると見られていたのではなかったろうか。

とはいえ、学生時代はそのような安定を選んで、福祉の道にすすんだのではなく、この世界に自分の「やりがい」を見出して、職業としたわけだ。

しかし今、介護施設をめぐる厳しい状況の中、福祉施設の職員の待遇は構造改革による影響と、抑制される給付費との関連で決して優遇されたものではなくなりつつある。従業者も常勤であっても嘱託職員や非常勤職員の比率が高まっており厳しい現実がある。

そんな中でも、福祉や介護の仕事に携わることに誇りを持つ人々が無くならないことを祈るばかりだが、あまりに待遇面で他の職業と比して差があれば有能な人材がこの業界からどんどん離れてしまうのではないかという危惧が常にある。

適切で高品質な介護サービスは、システムがどんなに整備されようと、結局は「人」の差によるところが大きくなるのであり、これは大きな問題だ。福祉系の大学が若い世代から将来がないと敬遠されていくようなら、この国の福祉の未来はなくなる。

また社会福祉サービスは資本主義の市場原理とは相反する部分があって当たり前なのである。

だから社会福祉は国の責任で提供される必要がある。

介護保険はこのサービス量の確保を民間サービスの参入で補完しているというより、それで充足させようとするのが基本となってしまっているから、行政は指導という視点からは物事もみやすくなるが、どうも民間で提供できないサービスを行政責任で行う視点に欠けているように感じてしまう。

表の掲示板で限界集落の話題が出されていたが、収益率の低い地域から民間のサービス事業は撤退していくのは当たり前であり、そこのケアは行政責任で行う必要が当然でてくるのだが、介護保険制度にはそのシステムがないといわざるを得ない。

どこかの国の首相は「美しい国」とこの国を表現しているらしいが、美しさとは人の暮らしが守られ、どこに住んでもこの国に暮らすことの安心を得られることだろう。

しかしこの国のすぐ近い将来、いや今、高齢者の方々や、障害者の方々をめぐる状況は「不安」だらけである。

弱者を守れない社会に「美しい」という表現など使えるはずはない。

少なくとも福祉の世界に身をおく我々は、弱肉強食の論理や、利益や収益でしか事業経営をみない姿勢から一線を画した「揺るぎなきもの」を持っていなければならないはずだ。