球史に残る熱戦を演じた甲子園。今日、引き分け再試合を前にして、福祉とまったく関係ない(いやマクロの視点からは関連あり)高校野球のことを書かせていただくことをご容赦いただきたい。

昨日は本当に、いい試合だった。戦い終えた選手たちも、再試合について「もう1度試合が出来ることは幸せ」といっている。

彼らの言葉に嘘はない。しかし僕はどうしても思い出してしまう、数々の悲劇がある。

91年、沖縄県に初めて準優勝をもたらした沖縄水産高校のエース・大野 倫投手もその一人である。

彼は、4連戦を含む全6試合に完投し、773球をたった一人で投げ抜きチームを準優勝に導いた。

悲劇が酷使の右腕を襲ったのは、決勝戦の対大阪桐蔭戦。

試合途中で右ヒジが完全に曲がってしまい、正常な状態で腕が振れなくなってしまったのだ。閉会式では右腕をくの字に折ったまま行進せざるをえなかった。

スタンドからそのシーンを目のあたりにした母・良江さんは「あの子のヒジが・・・」と言ったきり顔を伏せ、絶句した。

彼が後日語った言葉である。

「決勝戦はヒジがパンクして、キャッチボールすら満足にできない状態。痛みも限度を超えると、頭がボォーッとして自分でも何をやっているのか分からなくなってくるんです。試合中、一度も勝てる気はしなかった。だから負けても少しも悔しくなかった。むしろホッとしたというのが実感でした」

しかし彼のストーリーは、これでは終わらなかった。

九州共立大学へすすんだ彼は、投手としての生命は既に絶たれていた。しかし野球をあきらめきれない彼は、外野手に転向し野球を続けた。

そして95年のドラフト会議で、巨人の5位指名「大野 倫、外野手、九州共立大学」という名が呼ばれた。見事な逆転ホームランである。

しかしその後、プロで一軍での活躍は出来ないまま、ユニホームを脱ぐことになる。

彼が甲子園で得た、準優勝という栄冠と、失った投手生命は、どちらが大きいか、本人しか答が出せないかもしれないが、過酷な日程が犠牲を生んだという事実は高野連は忘れてはならないと思う。

昨日の熱戦の決着をつけることは大切なのかもしれないが、あんなナイスゲームをした選手全員に優勝の栄冠を渡しても罰はあたるまい。

サッカーやラクビーには両校優勝というものがあるように、今年の駒大苫小牧と早実も両校優勝でも良いように個人的には感じている。

少なくとも田中君、斉藤君という、日本の野球の将来を背負う二人の為にも、その他の選手の健康の為にも、日程優先でなく、決勝再試合は、休養日をはさんだり、後日、日程を変えて行っても良いのではないだろうか。

どちらにしても今日、決着がつく決勝再試合。このブログは、決勝前に書いている。

どちらが勝利しても、僕はどちらも優勝と思う。
消耗戦での結果は、あまり意味がないと思う。

この試合で負けたチームは「敗者」ではない。

ただひとつ願うのは、この試合が、若者の犠牲の上で成り立ってほしくない。

介護・福祉情報掲示板(表板)