グループホームの外部評価を行っている関係で、様々なグループホームの書式をみる機会がある。

それぞれに工夫されており、参考になることが多い。当然、サービス内容も、とても僕らの施設では、ここまできめ細かく対応できないというところまで行き届いているホームも数多くある。

基本的に小規模の集団に、なじみの職員が、導線を含めて工夫された設備の中でケアする体制は、それだけで「ひとりひとりに目配り、気配りできる」サービスを作りやすい、という面はある。これは間違いない。

そのメリットを生かしきっていない、あるいは自ら消している、というホームも一部見られるが、それはあくまで例外だろうと思う。僕が調査に入ったところで、著しく問題点があるようなホームはまずなかったと思っている。

ただ気になることがある場合は当然ある。その一部にはケアプランの問題がある。

ケアプランが立てられていないホームというのはないだろう。

しかしそのプランの立て方が問題である。制度開始から既に5年以上経過し、グループホームにもケアマネ配置が義務化され、経過措置期間も切れ、すべてのホームにケアマネの有資格者が配置されている現在においてもなお、ケアプランの作成根拠である、アセスメントが全く行われていないホームがある。

ケアプランは確かにあり、定期的にカンファレンスで、その内容が話し合われ、モニタリングや必要な見直しは行われているのだが、生活課題を導き出すツールを用いていないから、その根拠を説明できない。単にカンファレンスにおいて職員間で話し合って、課題をこのように設定したというのみの説明しかできないホームが現実にはあるのだ。

だからといってケアサービスが劣っているわけではないし、我々もこの世界に入った頃は、全員に対するプラン自体なかったし、それでもサービスはきちんと提供できたし、個別処遇計画の必要性が言われるようになって、その作成に取り組んだ当時はアセスメントツールなどなく、やはり個人の感覚で計画を立てていて支障もないと感じていた。

しかしアセスメントを行うようになって気がつくことだが、我々の「気づき」は非常に大切な要素だが、それのみでプランを立てていると、「気づかない」部分を落としてしまうということになり、実はそこに大切な生活課題に繋がる生活障害があった、というケースがたくさんある、ということがわかる。

アセスメントツールが人の気づきより重要とは一概に言えないが、少なくとも、我々の「気づき」以上のものを示してくれることは多いのであり、さらにアセスメントに基づく課題の設定は、第3者への説明にもなり、誰からみてもわかりやすい課題と目標、それに対する具体的方法としてのケアプラン、となるのである。

つまりケアプランはホーム内で、サービス提供するためのひとつのツールに過ぎないが、それは、適切なサービスと個人を結びつける施設内の共通言語の役割を果たすもので、導き出したサービスの意味が適切に説明されていないと表面上の行為だけが理解され、本質的に、なぜこのように対応しなければならないか、という大事な点を見失ってしまうことがある。

アセスメントに基づく課題の抽出と、それに対応する目標や具体的サービスがきちんと示されることで、こうした問題が解決する場合も多いのである。

特にグループホームの場合、認知症の方を対象としているため、生活課題がすべて認知症に伴うものと誤解されがちであるが、課題の内容によっては、身体の痛みや、服薬等の別な要素に起因している例も多い。

こういう多面的な検討を行う為にも、アセスメントを実施してもらいたいと思う。というより専門資格としての介護支援専門員がアセスメントに基づかないサービスプランを何の疑問もなく立てているという感覚は大いに問題だろうと思う。

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