昨夜は当市のケアマネ連絡会定例会が開かれた。

当会は年度を6月か翌年5月に定めているため今回は総会で事業報告と事業計画の承認をいただいた後、情報交換勉強会を行った。

当市では新予防給付が6月からスタートするため、新予防に備え、包括支援センター、居宅介護支援事業所、訪問サービス事業所、通所サービス事業所より、それぞれ1名の発題者から問題提起や意見をいただき、参加者全体でフリートーキングという形で新予防給付の問題点を話し合った。

当市では包括からの居宅介護支援事業所への予防プラン委託費は4000円がそのまま支払われ、初回加算も全額支払われる。

その上で、実績報告やモニタリングに必要な書式は包括が今後示して統一的に運用することとしている。

さて現場には様々な問題がある。特に予防給付に移行する利用者は、定額報酬ということもあり、サービスの見直しが必要で、過剰と思われるサービスを順次削っているケースがある。

訪問介護では90分以上の生活援助の費用算定が何時間にわたろうとも同額であり、その部分で内容の見直しを行っているケースもあるようだ。

提供方法の見直しで新たなニーズに気付いた点や、インフォーマルな支援の強化などで別の可能性が開けたケースの報告も見られ、必ずしもネガティブな状況のみではないことがわかった。

そうすると実際に「過剰サービス」は存在しており、その見直しを行うことで給付費用の削減効果はある、ということになるのか?

そういうポジティブな部分にスポットがあたるケースはあるだろうが、さほど全体の給付費抑制効果にはならないだろう。

それよりも危険な視点は、現場のケアマネが国の言う「予防効果」なるものを真に受けたり、「過剰サービスが介護度を悪化させる」という根拠のない指摘を鵜呑みにして、必要なサービスまで抑制させてしまうことだ。

過剰サービスという理由をつけて、定額報酬部分を事業所側だけの都合で捉え、必要なサービスまで抑制する「過少サービス」のほうが要介護度の悪化や生活の質の低下に繋がりかねない。

後期高齢者世帯の妻が倒れたとき、身体部分は自立していても家事能力に欠ける夫に対する必要な援助は「生活支援」としての家事援助だ。このようなケースで筋トレや家事能力を向上させるプランは意味がない。

90近い人がそれまでまったく家事を行っていなかったのにヘルパーと一緒に調理をして何か効果が出ると思っているのか。運動器の向上が生活を変えるのか?それより身体が自立しているのだから、必要な家事支援をきちんとして、筋トレを行わなくとも他者とコミュニケーション機会を持つため通所サービスに通うほうがよっぽどいい。

昨日の例会でも指摘したが、介護予防は既存の全サービスに適用されている。

訪問入浴にさえ介護予防訪問入浴というものがあり、要支援者が利用できる。そんな必要がなぜあるのか?

その答えは国は自ら「精査する時間がなかったので、とりあえず既存の全サービスを対象とした」といっている。

走りながら考えるというこの制度の特徴的な姿勢だなといえばそれまでだが、まったく馬鹿にした話ではないか。

つまり新予防給付は、きちんとした設計図がない、ということで、その効果は大いに疑問なのだ。そのことは国が一番わかっている。表の掲示板に示した日本福祉大学の二木教授の論文にあるように『新予防給付は年齢拡大に失敗した厚生労働省のアリバイ宣伝で本気でやろうとしているのか怪しい(本気でやると費用増になるため)』のである。

こんな瑕疵だらけの設計図で構築された新予防給付が介護予防に繋がるなんていう考えは幻想に過ぎない。

その幻想にとらわれて「過少サービス」のプランが増え、生活障害が広がらないことを願うのみである。

介護・福祉情報掲示板(表板)