介護保険の4月改正は大改革であるから多岐、多方面に渡ってルールの変更や、新規解釈があるので、実際に走り出してもわからないことが多い。

いや走り出したからこそ、実際の運用面で疑義が生じてくる部分が毎日たくさん出てくるのだろう。

だからQ&Aが現場に追いつかないのはやむを得ないことなのかもしれない。

15年4月の一部ルール改正のときでさえ、最終的なQ&Aが出されたのは連休明けの5月15日付けだったはずだ。そうすると、今回の改正制度Q&Aはこの年いっぱいまでかかって示されるという事態になるかもしれない。

しかし問題なのは、せっかくQ&Aが出されているのに、それに対し解説が必要となるような言い回しの文章がある、という点である。vol1の予防通所サービスと介護通所サービスの物理的区分が必要というQ&Aなどは、この最たるもので、わざとわかりにくく表現しているのかとさえ思ってしまう。

難しい表現をしないと権威がなくなるとでも思っているのか。

本来、制度内容はその制度に係る専門職が理解することだけでは不十分で、国民全体が理解することが正しい制度運営の近道なのだから、一般国民が読んでもわかりやすいものである必要があると思う。

言葉の行政改革というのは20数年前に流行った言葉だが、行政文書の基本構造は何も変わっていない。構造改革はここでも必要だろう。

それから、こういう文書を読んだ直後に、管理サイトの掲示板にレスポンスをつけるとき、自分も影響を受けて、わざわざ難しい言葉や言い回しをチョイスしているときがある。気をつけなければならない。

解説に美文や名文は必要ないのだ。わかりやすさが必要だ。

同じく行政文書であっても、市民に向けた案内文書などは、わかりやすい言葉で表現されているんだろうと思って、改めて新予防給付に移行する方などへの案内文を読んでみる。

まあこれは保険者ごとに、かなり相違はあるが、総合評価として言えば、決してわかりやすい表現と内容にはなっていない、と思う。

こういう文章を作る行政職員は「介護保険」といえば打てば響くような対象者を想定してはいけないのだと思う。

作家の故・司馬 遼太郎さんは自らの小説の書き方について
「私の小説というのは、始めから、外国人に読ませようと思って書いたんですから、『外国人』というのはつまり特定の外国人ではなくて、日本人であってもいいんですけど、外国人的な、つまり日本の歴史について何の知識もない人に、それが読者なんだと思うところから出発しますから、『義経は』といったらすぐ打てば響くような読者を想定して書いた作品はないと思うのです」と語っている。

だから氏の作品はわかりやすいし、面白い。100年後も読まれ続けるだろう。

制度の理解を文書の説明で求めるのであれば、専門用語を廃するとか、そういう表現技術的な手法を考える前に、外国人にもわかるような表現、という感覚が必要なのかもしれない。

それにしても官報などの文章は本当に回りくどくてわかりずらいものが多い。

それらを、日本人でもわかりにくい表現で埋めることが国家の権威と思っているのであれば笑止千万だ。

介護・福祉情報掲示板(表板)